あざとすぎる「万博ゴリ押し」がついに始まった…東京五輪と同じ「上級国民だけが税金で大儲け」という現実

開催まで500日を切った大阪・関西万博の「ゴリ押しPR」が始まった。
あざとすぎるのが、来年3月に放映されるテレビ朝日開局65周年記念ドラマ「万博の太陽」だ。
今をときめく人気女優・橋本環奈さんが1970年の大阪万博のコンパニオンを演じ、脚本も「ドクターX」など数々のヒット作品を手がける中園ミホさんとくれば、「やっぱり万博サイコー」のムードが盛り上げがらないわけがない。
また、わかりやすいのはフジテレビのバラエティ番組「私のバカせまい史」だ。この番組は「ギャル曽根の食べ方進化史」「ギネス世界記録Tシャツを一度に着た数史」などの「今まで誰も調べたことのない“バカせまい歴史”を徹底研究し、その成果を独自の考察で発表する」(番組HP)というコンセプトで人気を博している。
が、11月30日は「大阪関西万博まで500日!バカせま万博史SP!」と銘打って、過去のパリ万博や1970年の大阪万博の歴史を振り返った。今までみんな調べているメジャーな歴史だ。
そんな新人構成作家が出したらボロカスに叩かれそうなコンセプトとズレまくった企画で、1時間番組がつくられて、スタジオの出演者たちは「万博すごい」「やるんだったら絶対に行ってみたい」と大盛り上がりしていた。この不自然さは当然、オトナの事情で「ゴリ押し」されたと考えるべきだろう。
また、テレビでよく見かける人気コメンテーターの皆さんも「万博推し」を始めた。世界各国が待ち望むイベントなのだから開催しないと恥を晒す、批判するだけではなく日本全体のメリットを考えるべき……などなど万博開催のメリットは経済効果だけじゃないのだと、いろんな番組で主張されている。
ご存じのように、このような「国策ビッグイベント」は機運醸成のためテレビや広告などメディア業界には大量のカネが流れ込む。つまり、この世界には、賛成・反対という個人の思いとは別に、シンプルに「仕事」として、大阪万博を盛り上げているという方も実はかなりいらっしゃるのだ。
そのように徐々に盛り上がりつつある「万博ゴリ押しPR」だが、現時点ではかなり厳しい戦いを強いられている。一般庶民が思いのほかシラけているのだ。
例えば、最新のマスコミ各社の世論調査は岸田政権並みに厳しい結果がでている。NHKの世論調査で万博に関心があるかどうか尋ねたところ、「あまり関心がない」が38%、「まったく関心がない」が31%と、およそ7割が関心がないと回答した。
毎日新聞の世論調査はもっと残酷で、万博の入場チケットを購入したいと思うか尋ねたところ、「購入したいとは思わない」が79%となり、「購入したいと思う」が10%にとどまった。
さて、こういう話を聞くとちょっと不思議だろう。前回の愛知万博から20年ぶりの自国開催に加えて、参加国は史上最多の160カ国・地域となっている(2023年11月時点)。日本人が大好きな「日本のスゴさを世界にアピール」という意味では、格好の機会だ。
経済効果もそれなりにある。一般財団法人アジア太平洋研究所(APIR)が2023年7月に発表したレポートによると、2兆3759億円という数字が試算されているが、エコノミストの中には実際はその何倍にものぼるという意見もある。しかも、人気芸人を多数擁する吉本興業もパビリオンを出展するということもあって、会社を挙げて盛り上げている。
パッと見た感じでは盛り上がる要素だらけで、テレビも露骨に「国威発揚」をしている。にもかかわらず、なぜこんなにも庶民はシラけているのか。
いろいろなご意見があるだろうが、筆者はやはり「東京2020のトラウマ」が大きいのではないかと思っている。そのトラウマとは何かというと、ちょっと長いが具体的に言えばこんな感じだ。
「この手のイベントは盛り上がったところで、いざ開催してみると潤うのは一部の企業で、国民になんの恩恵もなく借金だけしか残らない」という、みんな薄々気づいていたけれど、空気が悪くなるので言わなかったシビアな現実が、東京2020後にさすがにゴマかしきれなくなったことで、植え付けられてしまったトラウマである。
東京2020もコロナ禍による開催延期や不祥事続発などすったもんだがあったが、いざ開催となったら国民はお祭り騒ぎで盛り上がった。会場は無観客だったが、金メダルも過去最多となり、メディアは連日連夜のお祭り騒ぎで、「五輪特需」もそれなりにあった。
わかりやすいのは、日本代表選手団の公式服装を手掛けた紳士服のAOKIだ。連日メダルラッシュが続いたことで「東京2020公式ライセンス商品」がよく売れてシリーズ累計で3万着を販売した、と当時のニュースになっている。
2022年8月、五輪ライセンス商品の便宜を図ってもらうため、五輪組織委員会の理事に賄賂を送ったとして逮捕されているが、それだけ危ない話を渡るほどの「旨味」が五輪特需にあったのだ。
このように一部のスポンサー企業やゼネコンなどは確かに五輪で儲かった。が、日本国民の大半のサイフには影響は「ゼロ」だった。
21年はコロナ禍が終わったことで一時的に実質賃金が上がったように見えたが、それからもずっとマイナスが続いている。五輪後の22年、日本の1人あたりGDPは落ち続けてついに台湾に抜かれた。このように日本の衰退に歯止めがかからないことを示すデータは山ほどあるが、なによりも、一般庶民の「体感」として、東京2020が日本の景気に与えた影響など「ゼロ」ではないか。
いや、厳密に言えばゼロどころかマイナスだ。
東京2020の経済波及効果は、開催前は東京都だけで約20兆円、全国で約32兆円とかなり強気の見積もりがなされていた。もちろん、コロナ禍でその皮算用がすべて崩壊してしまったが、先ほども申し上げたように、なんとか開催にこぎつけて大盛り上がりしたので、それなりの経済効果があった。実際、関西大学の宮本勝浩名誉教授が試算したところ、経済効果は約6兆1442億円あったという。
ただ、その一方で32兆の経済効果を見積もっていただけあって、莫大(ばくだい)な費用がかかっており、トータルでは組織委員会や国、東京都の赤字総額は約2兆3713億円になったという。
しかも、「レガシー」ということで東京都や国は新しい施設を建てまくったので、それが毎年赤字を垂れ流す。例えば、新国立競技場は毎年約24億円、東京アクアティクスセンターなど東京都の施設も毎年約7億3200万円の赤字を垂れ流すことが確定しているのだ。もちろん、これらはすべてわれわれの税金から賄われる。
「消費税をゼロにせよ」「税金の無駄遣いを許すな」と叫びながら、なんのことはない、実はわれわれ自身が東京2020で凄まじい「散財」をしてしまっているのだ。
そう聞くと、「オリンピックはそもそもアスリートのための平和の祭典だぞ、カネの話や景気がどうとか持ち出す方がおかしい」と不愉快になる方も多いだろうが、これは別に筆者が言い始めたことではなく、「日本人みんな」がそういう認識だった。
2013年、東京五輪の誘致が決まった直後、安倍晋三首相(当時)は、「15年続いたデフレや縮み志向の経済を、五輪開催を起爆剤として払拭していきたい」と述べた。
これを受けて、アナリストや評論家も「五輪で景気回復」を煽り始める。わかりやすいのはAFPニュースの《2020年東京五輪で「日本経済復活の可能性」 アナリスト》という記事だ。
この中では有名なアナリストたちが、長く停滞する日本経済が復活できる可能性があると指摘しているのだ。専門家に言われたら、ピュアな庶民たちもワッとそちらへ流れて、全体主義的な世の中になるというのは、コロナ禍の自粛・マスク社会でも証明された日本の特徴だ。
それからネットやSNSでも、「東京2020で日本経済復活!」の大合唱だった。クロス・マーケティングが17年5月に20~69歳の男女1000人に東京五輪開催に伴って期待することを質問したところ、「景気回復・向上」(31%)がトップになっている。
つまり、日本人の中には「アスリートの夢のため」「世界平和を象徴するイベント」と奇麗事を言いながらも、「五輪をやったらドカンと世の中の景気も良くなるんじゃない?」と淡い期待を抱いていた人がかなりいたのだ。
それがうかがえる調査がある。NHK放送文化研究所の「人々にとって“東京五輪・パラ”とは何だったのか 『東京オリンピック・パラリンピックに関する世論調査』より」によれば、大会後に「盛り上がりは一時的なことに過ぎなかった」と回答した人はなんと65%にのぼった。「スポーツへの関心が高まった」という人は46%と半数にも満たず、「競技場でスポーツ観戦したくなった」は24%、「スポーツ中継が見たくなった」も21%にとどまっている。
このことからもわかるように、実は東京2020で純粋に「スポーツ」に熱狂していたのはマイノリティだったのだ。
では、大多数の日本人はなんで盛り上がっていたのかというと、金メダルがたくさん取れたことで、「日本人として誇らしい」というナショナリズムが刺激されたことや、このイベントで少しでも景気が良くなったりしないかという期待心からだ。
つまり、われわれ日本人がよその国の人々よりも過剰なまでに、「五輪」や「万博」というものに対して固執するのは、スポーツや科学技術、各国との交流スポーツが好きなわけではなく、シンプルに「日本人と日本社会に莫大な利益をもたらす」という神話を信じているからなのだ。
しかし、それが「幻想」だということは、実は1964年の東京五輪後から専門家が指摘している。五輪はインフラ建設によるバブルを引き起こすが、その後の経済成長にはほとんど影響はない。むしろ、バブルの反動で不況になることが多い。それは万博も同じだ。そのあたりは、ビジネス・ブレイクスルー大学学長の大前研一氏も「大阪の衰退は1970年の万博から始まった」という記事で指摘している。
このように半世紀以上、経済の世界では常識として語られてきた事実が、東京2020後の惨状によって、あらためて証明されてしまったことで、「神話」を信じていた日本人に強烈なトラウマを植え付けてしまったのである。
「こんなはずじゃないだろ、もっと世の中がガラッと新しくなるんじゃないの?」と落胆してしまった日本人もかなりいるはずだ。政府もマスコミもゴリゴリに盛り上げて期待値を上げていた分、失望も大きいのだ。
そんなトラウマを植え付けられた日本人たちが、「大阪万博で日本を元気に!」というちょっと前にも聞いたようなスローガンを耳にしたらどう感じるか。
よほどのお人好しか、記憶力のない人ならば、「ウヒョー、楽しみだ! 1970年の再来で、万博によって元気な日本の復活は確実だ」と大はしゃぎできるだろうが、ほとんどの日本人はこんな感じでシラけるはずだ。
「ハイハイ、どうせまたカネの問題とか不祥事が続発してゴタゴタするんでしょ? それでどうにか開催にこぎつけてそれなりに盛り上がるけれど、景気が良くなるわけでもなく、社会が何か大きく変わるわけでもなく、カジノとかゼネコンとか一部の企業が儲けて、オレたちにはまた借金だけが残るってオチでしょ?」
といろいろ言ったが、五輪と同様で動き出した巨大プロジェクトは多くの利権が絡むので絶対に止まらない。政府の万博機運醸成費も38億円見積もられているというので、マスコミの「ゴリ押しPR」も今後さらに強化される。バラエティや情報番組がUSJのように万博会場をロケでレポートして、人気アイドルやお笑い芸人が多数出演する「万博特番」も続々とつくられる。
ということは、今はシラけている人たちも、来年の今頃は「万博楽しみ!」なんて大盛り上がりしている可能性も高い。
「踊る阿呆に、見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損」という言葉もある。景気も上がらないし、借金も増えるという「オチ」はなにも変わらないのだから、ここはいっそ開き直って、万博ムードを思いっきり楽しむというのもひとつの手かもしれない。
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(ノンフィクションライター 窪田 順生)

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