森友学園への国有地売却を巡る財務省の公文書改ざんを苦に、自ら命を絶った近畿財務局職員の赤木俊夫さん(当時54)の妻・雅子さん(52)が、同省理財局長(当時)だった佐川宣寿(のぶひさ)氏に1650万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が12月19日、大阪高裁であった。黒野功久裁判長は、職務中の行為に関し、個人としての責任を問えないなどとして請求を棄却した一審判決を支持し、雅子さん側の控訴を棄却した。雅子さん側は上告する方針。
この判決を受け、森友事件を追いかけてきたフリー記者・相澤冬樹氏が、「週刊文春」12月27日(水)発売の新年特大号に、〈安倍「森友事件」赤木雅子さん和解の手紙を無視した佐川元国税庁長官〉と題したレポートを寄稿した。雅子さんが弁護士を通じて佐川氏に和解を申し入れる手紙を送っていたにもかかわらず、佐川氏から一切の返事がなかったことなどを報じている。
相澤氏はその取材の過程で、佐川氏の自宅に“ある事実”を告げる手紙を投函していた。なぜ、佐川氏は雅子さんからの和解の申し入れを無視したのか。なぜ、佐川氏は口を噤み続けるのか。
以下、相澤氏が佐川氏に出した手紙を全文公開する。
〈 佐川宣寿さま
率直に申し上げます。財務省はあなたのことを切り捨てていますよ。陰でこっそりと。
2018(平成30)年3月7日、公文書改ざんで追い詰められた赤木俊夫さんが命を絶ち、2日後にあなたは詰め腹を切らされ国税庁長官を辞任しましたね。その後、財務省の官房長だった矢野康治さんが自民党幹部のところへ説明に回っています。そこで矢野さんが何と語ったかご存じですか?
「あれ(改ざん)は佐川さんが独自に動かれたこと。安倍さんに忖度して滅茶苦茶をやったんです。佐川さんのせいなのに“財務省の組織ぐるみ”と言われるのはかないません。私も憤っています」
矢野さんから直接話を聞いた人物が私に明かしてくれました。財務省と縁の深い自民党の有力議員への説明です。矢野さんがこのように語ったことは間違いありません。〉
〈 つまり「悪いのはすべて佐川さんのせい」で「自分たちは悪くない」。改ざんの発覚直後から、佐川さんに全責任をおっかぶせて財務省に責任はないと逃げているんです。悪いのは佐川さん一人。そういうことでよろしいのでしょうか?
こんなことを言ってあなたを切り捨てている財務省が、今後、再就職先を世話してくれるとは思えません。
5年9カ月、再就職しないで身を隠しながら暮らす佐川元長官
佐川さんは国税庁長官を退任してから5年9か月、ずっと再就職していないそうですね。財務省で重責を担っていたのに長年働かずに身を隠しながら暮らすのはお辛いことだと思います。再就職できないから裁判を早く終わらせてほしいという話を、佐川さんの代理人の菅弘一弁護士が裁判の進行協議の場でしていました。佐川さんもそのように思っていらっしゃるのですよね。無理もないことだと思います。
でも、それならなぜ裁判についての赤木雅子さんの申し出に返事をしないのですか? 雅子さんは「夫の墓前か自宅の祭壇で手を合わせ」「改ざんの経緯をお話し」してくれれば「裁判はすぐにやめます」「恨んだりしません」と手紙に書きました。佐川さんの代理人に渡していますからお読みになったことでしょう。お金はいらない、裁判はすぐにやめるというのですから、佐川さんにとっても願ったりの申し出だと思いますが、「返事をしない」理由は何でしょう? もしかして「改ざんの経緯を話す」ことができないからですか? そこまで秘密にしなければならないのでしょうか?
12月19日に赤木雅子さんが佐川さんを訴えた裁判の控訴審判決がありました。結果はご存じの通り、佐川さんの勝訴です。でも裁判長は判決理由の中で次のように指摘しました。
「道義的責任に基づき、あるいは一人の人間として、誠意を尽くした説明及び謝罪をすることがあってしかるべき」
人として、説明と謝罪をするのが当然だ、とまで言われたのに、佐川さんはしていません。それでは“人間失格”だと指弾されたのに等しく、佐川さん一人が悪者にされています。他にも省内で処分された人はいますが、形だけで実際はすぐに栄転しています。財務省は佐川さんだけの責任にしています。それでいいのでしょうか?〉
始まりは安倍総理(当時)の発言だった
〈 私はそうではないと思います。発端は2017(平成29)年2月17日。安倍総理(当時)が森友学園への国有地巨額値引きをめぐり「私や妻が関係していたら総理大臣も国会議員もやめる」と言い切ったことが始まりです。
その5日後の2月22日、佐川さんは大臣官房総括審議官だった太田充さんや他の官僚とともに菅官房長官(当時)に呼ばれ総理大臣官邸を訪れていますね。その後、菅さんの事務所にも。そこで森友事案について“説明”したそうですが、どんな説明をしたのですか? 焦点は安倍総理や妻の昭恵さんが関与しているのかどうか。財務省に残る当時の決裁文書や調書を確認すれば一目瞭然です。安倍総理の名前は1か所にありました。
それは安倍総理が関わる日本会議という団体の幹部を、森友学園の籠池泰典理事長(当時)が務めているという記述で、だから配慮すべきだとは書いていませんがそれを匂わせる記述です。さらにマズいのは昭恵さんについての記述ですね。
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なお、(筆者注・籠池理事長と近畿財務局の)打ち合わせの際、「本年4月25日、安倍昭恵総理夫人を現地に案内し、夫人からは『いい土地ですから、前に進めてください。』との言葉をいただいた。」との発言あり(森友学園籠池理事長と夫人が現地の前で並んで写っている写真を提示)。
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産経新聞社のインターネット記事(産経WEST産経オンライン【関西の議論】)に森友学園が小学校運営に乗り出している旨の記事が掲載。
記事の中で、安倍首相夫人が森友学園に訪問した際に、学園の教育方針に感涙した旨が記載される。
これは露骨ですね。「総理夫人が共鳴し深く関与している学園だから、国有地を異例の扱いで貸し付けたり売却したりして構いませんよね?」と近畿財務局の担当者が財務本省にお伺いをたてている内容です。この文書を見れば「昭恵さんが関与していない」と説明するには無理があります。直接要請はしていないにせよ官僚を“忖度”させるには十分です。この説明を受けたとすれば、菅官房長官は佐川さんにどのように指示したのでしょう? 何も語らないはずはないですよね。〉
〈 佐川さんはその後、部下に「こんなものは表に出せない」と発言し、これが元で改ざんが始まったと財務省の調査報告書では指摘されています。でも実はその前に、佐川さん自身が菅官房長官から「こんなものは表に出せない」と言われていたのではありませんか? 佐川さんは菅官房長官の指示に従ったということではないでしょうか?
「もっと強気にいけ PM(プライム・ミニスター=総理大臣)より」
その場合、菅官房長官は当然、そのことを安倍総理に報告したはずです。安倍さんも改ざんを承知した上で容認していたのではないでしょうか? だからこそ、後に国会で野党の質問の答弁に立つ佐川さんに、「もっと強気にいけ PM(プライム・ミニスター=総理大臣)より」という安倍さんのメモが差し入れられたのではないですか?
これは、判明した事実に基づき考えた私の“推測”です。間違っている部分があるかもしれません。それを指摘できるのは佐川さんだけです。自分一人が悪いわけじゃない、自分もそうせざるを得なかったんだ、そう申し開きできるのも佐川さんだけです。
きょう23日の午前、私はカトリック教会で親族の結婚式に参列しました。そこで十字架にかけられたイエス・キリストの像を見つめながら、ずっと佐川さんのことを想っていました。キリストは全人類の罪を一身に背負って磔になり、永遠の命を得た。今も全世界のキリスト教信者の尊崇を集めています。佐川さんは全財務省と安倍政権の罪を一身に背負って十字架にかけられているように私には見えます。
でも佐川さんのことを尊敬する人はいるでしょうか? 当の財務省の幹部すら「佐川が悪い」と切り捨てています。すべての責任を佐川さんに押しつけたからこそ、佐川さんとともに菅官房長官への説明に同席した太田さんも、「滅茶苦茶をやった」と佐川さんを切り捨てた矢野さんも、事務方トップの事務次官に昇りつめ、その後再就職しています。
佐川さんがいいポジションに再就職できる日は来ないでしょう。自分のしたことを謝罪も説明もせず「人の道に反している」と指弾される人を再雇用するような会社・団体があるとは思えません。そんなの嫌ですよね。〉
〈 佐川さんが救われる道は一つしかないように思います。説明する、ただそれだけです。何も赤木雅子さんだけに説明するものではありません。この国に暮らすすべての人々に対し佐川さんは説明する義務があります。なぜなら佐川さんは国家公務員だったから。公務員はすべて全体の奉仕者であり、一部の奉仕者ではない。この言葉は国家公務員倫理カードの一番目に記されています。赤木俊夫さんはこのカードを肌身離さず身につけ、その言葉通り改ざんについて知る限りの事実を記した「手記」を遺し命を絶ちました。だから「公務員の鑑だ」と人々の尊敬を集めています。
佐川さん、この国の人々に説明して下さい
佐川さん、全体の奉仕者の中でも際立って枢要な地位にいたあなたこそ、この国の人々に説明してください。そうすれば佐川さんの魂も、ご家族も、救われると思います。どうぞよろしくお願いいたします。
森友事件を追い続ける記者 相澤冬樹
追伸
佐川さんがすべてを説明してくだされば、私が佐川さんを追い続けることはなくなります。その必要がなくなるからです。何かございましたら同封の名刺にある連絡先までご連絡ください。
赤木雅子さんをモデルにしたコミックス「がんばりょんかぁ、マサコちゃん」全3巻を同封いたしますので、よろしければお読みください。この手紙の内容は、後日『週刊文春』誌上でも紹介いたしますので、公開書簡という形になります。ご承知おきください。〉
手紙では佐川氏の発言について「こんなものは表に出せない」と書いているが、実際の報告書では「こんなものは外に出せない」となっている。手紙では「 公務員はすべて全体の奉仕者であり、一部の奉仕者ではない。この言葉は国家公務員倫理カードの一番目に記されています。」と書いている。趣旨としては同じだが実際のカードには「国民全体の奉仕者であることを自覚し、公正に職務を遂行していますか?」と書かれている,
12月25日現在、相澤氏の元に佐川氏からの返事は届いていない。
(相澤 冬樹/週刊文春)