能登半島地震の被災地の避難所で、プライバシーを確保できる段ボール製の「インスタントハウス」の設置が進められている。中心になって取り組むのは、建築設計を専門とする名古屋工業大の北川啓介教授(49)。東日本大震災の際、避難所の子供から「早く家がほしい」と懇願され、建築にできることは何かを再考。たどり着いたのが、避難所内に「小さな家」を設けることだった。
石川県七尾市の市立山王小の体育館。段ボールの家が約90棟並び、ミニチュアの町のような外観を呈していた。
それまで被災者は教室に身を寄せていたが、授業再開を控え、新たな生活スペースとして用意されたのが体育館のインスタントハウスだった。
サイズは複数あるが、限られたスペースを有効活用できるとして2メートル四方のサイズが人気だ。組み立て時間はわずか15分ほど。ハウス同士の連結も可能だ。
間仕切りに比べて話し声が外に漏れにくく、プライバシー確保だけでなく断熱性にも優れる。全世帯分を設置できなくても、着替えや授乳の場所として活用できる。北川さんは「感染症の拡大を防ぐ観点からも注目されている」と話す。
地震発生翌日の1月2日、北川さんは10棟分のパーツを車に積み、すぐ被災地に向かった。輪島市の避難所にさっそく設置すると、あっという間にできた屋根付きのハウスに、幼い女児は目を丸くし「おうちができた」と喜んだという。
いったん名古屋に戻ったが、被災自治体や避難所から依頼が殺到。愛知県内の企業2社の協力で大量に生産し、被災地に運ぶ態勢を整えた。ニーズに応じて各地に設置を進めている。
転機は平成23年の東日本大震災。それまでは設計において「美しい、強い、格好いい」を意識していたという北川さん。宮城県石巻市の避難所で出会った児童から「何で仮設住宅が完成するまでに何カ月もかかるの? 大学の先生なら何とかしてよ」と率直な思いをぶつけられ、考えを改めた。「建築は人のためにあるべきだ」
その後、膨らませたシートの内側に断熱材を吹き付ける屋外用ハウスを開発、トルコなど海外の被災地に届けた。さらに研究を重ね、昨年、段ボール製のハウスを実現させた。
現地での評判は上々で、被災者からは「備蓄物資にしておいてほしかった」という声も聞いた。北川さんは「建築にできることはある」と手応えを感じている。
今後、避難生活が長期化すれば、人間関係のストレスや先行きの不透明さから、被災者には精神面の負担が重くのしかかる。だからこそ簡易であっても「家」が必要だ。「プライバシーを保てるスペースを確保し、少しでも前を向くお手伝いができれば」と、北川さんは言葉に力を込めた。(吉田智香)