熊本県・阿蘇地域の雄大な草原を維持するために必要な「野焼き」の担い手を育てようと、南阿蘇村が「野焼きのプロ人材」を認定する制度を導入した。高齢化などで、火を付ける役割で経験が求められる「 火引 き」を担う人材が不足しているからだ。全国的にも珍しい制度で、村は、野焼きを行う 牧野 組合などへの派遣制度づくりを目指している。(石原圭介)
草原の斜面で2月に開かれた初の研修会。プロ人材を目指す県内外の20~70歳代の12人が参加し、交代で着火装置を持ち、地元の指導者から指示を受けながら「火引き」を体験した。
参加者たちは、後方に続く消火役と離れすぎないように目を配りながら枯れ草の根元に火を付けていった。風が止まったり、突然吹いたりするため、風向きなどを慎重に確認することも求められた。救命やレスキューに関わる資格を持つ自営業の男性(65)は、かつては地元で野焼きを手伝っていたが、野焼きへの参加は15年ぶりだったといい、「安全な野焼きの方法を学び、伝えたい」と意欲を語る。
阿蘇地域では枯れ草を焼き払う野焼きを行い、古くから草原を維持してきた。害虫を駆除するとともに、春の芽吹きを促してやぶになるのを防ぐ草原保全に欠かせない取り組みだ。
野焼きは主に牧野組合ごとに行われ、延焼を防ぐ消火役などに数十人が参加。規模によっては100人を超えることもある。一歩間違えると惨事につながる危険な作業で、過去には死亡者が出たこともあるため、「火引き」は各牧野組合に所属する地元の人が担ってきた。中郷・竹崎牧野組合の後藤再起組合長(66)は、「地形の違いや風向きの変化、周囲の人に気を配る必要がある」と語り、長い経験が求められるとする。
ただ、人材不足は深刻だ。中郷・竹崎牧野組合では組合員の減少と高齢化が要因で、過去10年ほど野焼きを行っていないという。県の調査では、1998年には阿蘇地域での野焼きの参加者は約7700人いたが、2021年には約5700人と3割弱の大幅減。このうち60歳代以上の割合は5割を超えている。
こうした課題を背景に、村はプロ人材の認定制度を導入。野焼きに先立って防火帯を作る「 輪地切 り」や野焼きの経験がある20歳以上を対象とし、座学や実地研修を受講するとともに、「直近5年間(村内在住者は10年間)に3回以上」「認定を得ようとしている牧野組合などで野焼きや輪地切りに2回以上」といった経験を満たす人をプロと認定することで、有償で働けるようにした。
報酬は1日につき3000円。3月までに4人のプロが誕生し、今年度は30人ほどの認定を目指している。村農政課の浅尾修作主事は「地区外の人が火を付ける取り組みは初めて。人材不足の解消につながれば」と期待する。
現在は野焼きを行う牧野組合など約30団体のうち、5か所ほどが受け入れ態勢を整えており、村は「認定者を増やすとともに、制度を周知して、牧野組合側から派遣を求められるように実績を重ねていきたい」としている。