「犯人の次に憎かった」 報道被害なくすため池田小事件遺族がたどり着いた答え

犯罪被害者が受ける報道被害軽減に向け、初めてリーフレットを作成した大阪教育大付属池田小事件遺族の酒井肇さん(62)と妻の智恵さん(63)。23年前の事件後、「二度と同じ思いをする人が出ないように」と学校安全や被害者支援、そして報道の問題に全力で取り組んできた。一定の成果を実感する一方、報道被害については「現在も続いている」と指摘。リーフレットを通じた相互理解から「報道による恩恵を増大させたい」と力を込める。
「犯人の次にメディアが憎かった」
「被害者にはメディアのことを知る機会はない。誰か間に入って助けてくれればいいのに、と思っていた」
23年前の事件直後の思いを、智恵さんはこう振り返る。
メディアスクラムなどに遭い、夫妻は「犯人の次にメディアが憎かった」という。自宅に押し寄せたメディアに「なぜ家を知っているのか」「何をしに来たのか」「見張られている」と恐怖を感じ、約20年間は自宅窓のミラーレースカーテンを開けることもできなかった。
だが事件の翌年に渡米し、そこで面談した犯罪被害者遺族に「被害者が訴えるからこそ、社会は変わろうとするのであって、被害者が訴えるのをやめれば誰も必要性を感じないから、社会が変わるわけがない」と被害者自身が発信する重要性を指摘された。
信頼関係を築けたメディアを通じ、新たな支援者とのつながりや情報の取得といった「報道による恩恵」も実感し、自分たちの経験を生かしたいとさまざまな活動に取り組んできた。
今も続く報道被害に「被害者がメディアのことを知らず、メディアは被害者の状況や思いを理解していないところに起因するのではないか」と考え、約2年前からリーフレットづくりを模索。記載する内容は、自身の経験から事件直後の混乱期にこそ事前に知りたかった事柄に絞り込み、実際に被害者支援に当たる人々が説明し、質問に答える際に役に立つものにしようと、大阪被害者支援アドボカシーセンター側と協議を重ねて作り上げた。
夫妻はメディアと被害者の接触を「断つ」のではなく、「支援の輪」の中に入れる仕組みを構築することで、報道被害は軽減されるとみる。肇さんは「まず必要なのは相互理解。センターとメディアの間で『顔の見える信頼関係』が構築されれば、メディアの取材を受けてみたいという被害者に対し、この人ならと紹介することもできるのではないか」と話す。
同センター副代表理事の杉本吉史弁護士は、リーフレットのQ&Aの「もしもメディアから取材を申し入れられたら」とのタイトルに、「メディアに対して犯罪被害者には権利があります」と明記した点を強調し、こう続けた。「被害者には主体的に選択する権利がある、と自信を持って主張してよいのだということを、しっかり伝えていきたい」
国や行政のサポートも必要
常磐大元学長の諸沢英道氏(被害者学)
「被害者は事件後、想像を絶するほどの厳しい状況に置かれる。その要因の一つがメディアによる過剰な取材だろう。
遺族が自身の体験をもとに、メディアへの対応方法や取材に応じるメリットを記したリーフレットを作成したことは、事件で混乱する被害者がどうメディアと距離を取るのかを決める判断材料になり、意義がある。同時に、メディア側にも被害者への理解を求める機会になる。
ただ、リーフレット作成への遺族の思いを考えるほど、被害者側が率先して被害者支援改善への主張や活動をしていかなければならない国内の状況に目が向く。欧米諸国では被害者とメディアとの間に専門家が入って支援にあたっており、本来国や行政が果たすべき支援がなされてないともいえる」(木村さやか)

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