小説『暗殺』がベストセラー
先月発売された小説『暗殺』(幻冬舎)がベストセラーになっている。安倍晋三元首相暗殺事件を題材にしたサスペンスだが、フィクサーや政治家、警察、宗教団体が複雑に絡み合う。リアリティーを感じる緻密な内容に、「どこまでがフィクションなのか?」と話題を呼び、1カ月あまりで8刷16万5000部(7月30日現在)を売り上げている。注目の作家、柴田哲孝氏(66)に思いを聞いた。 (報道部・丸山汎)
「反響は想像以上です。これは現実の暗殺事件の発表や、その後の展開について、多くの人々が納得していないということでしょう。みんな、『どこかおかしい』と思っている。当然だと思う」
柴田氏はこう語った。昭和史最大の謎に迫った『下山事件 最後の証言』(祥伝社文庫)では、日本推理作家協会賞などを受賞している。
今回の小説では、安倍氏をモデルにした元首相の田布施博之が選挙の演説中に、手製銃を持った元測量技師に襲撃・暗殺される。犯人は動機として、田布施と宗教団体とのつながりを主張した。だが、別の狙撃犯が存在するうえ、背後には民族派右翼や政治家、警察関係者、宗教団体まで登場する。過去の未解決事件とも関係している…という衝撃の内容だ。
柴田氏は取材・執筆の動機について、「安倍氏の事件翌日、ある関係者が『これは単独犯ではない』と連絡してきたのがきっかけ。警察OBも『絶対に裏がある』と。このまま終わらせてはいけないと思った」と語る。
確かに、憲政史上最長、通算8年8カ月政権を担当した元首相が白昼堂々、衆人の前で暗殺されたのに、致命傷を与えた銃弾1発は行方不明のまま。緊急搬送された奈良県立医科大学付属病院と、奈良県警との「遺体の所見」にも食い違いがある。奈良県警の現場検証は事件から5日後。今月8日、安倍氏の三回忌を迎えたが、初公判の日程すら決まっていない。
柴田氏は「真実究明の第一歩になればと小説を書いた」「奈良市・近鉄大和西大寺駅北口の現場に立つと、360度から狙える危険な場所だ。なぜ、選挙演説の場所が変更されたのか不可解だ」「ほかのジャーナリストに続いてほしい。小説の内容が否定されても構わない」という。
安倍氏の事件に疑問を投げかけると「陰謀論」と指弾される。小説の第3部のタイトルも「陰謀論」である。
柴田氏は「最近、よく聞かれる『陰謀論』というのは便利な言葉だ。体制側の説明を信じない人々には『陰謀論者』という烙印(らくいん)を押して排除している。日本の言論の自由を奪っている。正義が口を封じられてきたという悔しさはある」と語った。
安倍氏の三回忌直後の13日(日本時間14日)、米東部ペンシルベニア州で、ドナルド・トランプ前大統領の暗殺未遂事件が発生した。
柴田氏は「安倍氏の事件との類似点を感じた。違ったのは事件後、米議会が追及を始め、シークレットサービス(大統領警護隊)の長官が引責辞任したことだ」という。
安倍氏の事件の初公判は来年以降とされる。真実は明らかにされるのか?
柴田氏は「そうは思わない。そうする気があるなら、裁判をもっと早く開いているでしょう。戦後の平和だった時期は終わり、日本はいま非常に危ういところにある。大事なことは、信じることを勇気をもって口にすること。そのことを一番知らせたかった」と語っている。