※本稿は、佐藤優・山口二郎『自民党の変質』(祥伝社新書)の一部を再編集したものです。
【山口】低支持率でも岸田政権が続いていることを「深海魚のようだ」と佐藤さんは第1回で指摘されましたが、それは岸田政権を脅かすような野党勢力がいないことの表れでもあります。むしろ私は、連立与党である公明党のスタンスに瞠目(どうもく)しました。
公明党の山口那津男代表は、「(裏金問題で)政治不信が深まっている状況を裏づけるように(岸田政権の)支持率が下がり続けており、信頼を回復するトレンドをつくり出さないかぎり、解散はすべきではない」と記者会見で発言(2024年3月5日)。
続いて、同党の石井啓一幹事長は、テレビ番組で「選挙で選ばれた総裁は、非常に支持率が高くなるということがある。総裁選挙(9月)のあと、今年(2024年)の秋が一番(解散の)可能性が高いのではないか」と語りました(BSテレビ東京「NIKKEI日曜サロン」3月10日)。
これらの発言に、私は驚きました。まさに驚天動地です。
日本国憲法は第七条で「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ」として、「三 衆議院を解散すること」と定めています。また第六九条は「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない」としていますが、戦後、第六九条にもとづく解散が4回なのに対し、第七条による解散は20回。
そのため、議論の余地はあるものの、衆議院の解散は、首相の“伝家の宝刀”“専権事項”と呼ばれるわけです。
そこに連立与党のトップが踏み込んだ。これは、公明党による岸田さんへの、事実上の「退場勧告」です。首相の権限行使を公明党が主導・束縛した形だからです。3月の報道を見て、私は早急な解散はないと確信しました。
案の定、岸田さんは「今は政治改革などの先送りできない課題に専念し、結果を出すこと以外は考えていない」と記者団に話し(6月4日)、国会(第213回通常国会)を解散しませんでしたし、山口さんも「今、この支持率では(解散は)簡単ではない。政権は安定してこそ良い政策を実行できる。そういうものが勝ち取れるタイミング、状況をよく見るべきだ」と重ねて強調しました(ラジオ日本「岩瀬惠子のスマートNEWS」6月12日)。
【佐藤】鋭いご指摘です。首相の解散権を連立与党が縛るのは禁じ手です。しかし、その禁じ手を、山口代表と石井幹事長は使った。公明党は岸田政権に相当怒りを覚えているのでしょう。おっしゃるように、公明党は岸田さんに対して「あなたには解散の時期を決められませんよ」と「警告」したのです。
なぜ公明党が怒るのか。端的に言って「防衛装備移転三原則」(以下、「三原則」)の改定(本書第2章で詳述)が大きな要因になったと私は見ています。
まず政府は2023年12月22日、「三原則」を10年ぶりに改定し、殺傷能力のある武器(迎撃ミサイル、大砲、弾薬など)の輸出を解禁しました。武器のライセンスを持つ外国の軍需産業に特許使用料を払って国内企業が製造する武器を、ライセンス元の国に完成品として輸出するというものです。
「ペトリオット」が代表例ですが、日本から「ペトリオット」がライセンス元であるアメリカに渡れば、ゆくゆくはウクライナで使われることになります。
そして2024年3月26日には、政府はふたたび「三原則」の運用指針を改定して、イギリス、イタリアと共同開発する次期戦闘機(F-2後継機)を第三国に輸出できるようにしました。日英伊3カ国による共同開発は「グローバル戦闘航空プログラム」と命名され、2035年までに次期戦闘機の開発完了を目指しています。
公明党は、武器を第三国へ輸出可能とする場合には、岸田さんが国会できちんと説明し、ルールを厳格化すべきだと主張しました。公明党の若手政治家が自民党の動きに流されかねない恐れもあります。つまり「総理、いい加減にしなさい」と怒り、歯止めをかけた。
ひとまず岸田さんは、第三国への輸出について閣議決定を二重に設けるなど公明党の要求に応じましたが、自公の間で大きな軋みが生じていることはまちがいありません。
そもそも「三原則」の改定は、閣議決定ですませるイシューではありません。自公それぞれの政務調査会で調査・研究し、国会の審議を経てコンセンサスを得なければならないはずです。
しかし、今回の「三原則」改定は国会で審議されていません。立てつけ上、「三原則」の運用指針は国家安全保障会議(NSC)の決定事項となっているからです。共産党の小池晃書記局長が「密室協議だ」と批判するように、得体の知れないところで「三原則」が改定され、それをあとから追認するのは危険きわまりないと思います。
重要な民主主義の手続きがないがしろにされている。それはなぜなのか。キーワードは山口さんが述べられた「家産制国家」です。すなわち政府・首相と官僚が、王と家来の関係になっている。「制度」の持つ意味が形骸化し、家来は王の命じることに、ただ「御意、御意」と言うだけなのです。
よく「公明党は絶対に自民党と別れることはできない」と言う人たちがいますが、こういう人たちは公明党を全然わかっていません。公明党のポイントは、常に与党であることです。
自民党と連立を組む1999年まで、つまり野党だった時代はきれいごとを言っていたものの、現実の福祉も現実の平和も実現できませんでした。ところが連立与党となって25年、自民党政治の暴走を抑え、たとえば安保法制などで平和を強化したという自負が公明党にはあります。
また新型コロナウイルス感染症で、COVAX(ワクチンを世界的に供給する枠組み)への参加を政府に促したのも公明党です。その結果、日本は世界で最初のワクチン購入資金拠出国になりました。給付金を一律10万円にすることで、社会の分断も生まなかった。
こうしたことで公明党は自信を持っているのです。だから、もし野党による政権交代の可能性が現実に出てきたら、公明党は連立与党を選択します。いつまでも自民党とはつきあわない。この点を、多くの人は見落としています。
公明党の“根っこ”は創価学会、すなわち世界宗教です。世界宗教であるキリスト教は、母体であったユダヤ教と決別し、使徒パウロが世界宣教をします。創価学会の場合、宗門である日蓮正宗と決別して世界広宣流布(宣教)をしました。創価学会におけるSGI(創価学会インタナショナル)がこの機能を担っています。
仏教には「仏法西環」という概念があります。簡単に言うと、東の端の日本にまで来た仏法が西の中国、天竺(インド)に帰っていくことです。ですから、SGIの活動目標のひとつは中国宣教なのです。
中国が宗教を解禁し、SGIが進出すれば、創価学会員の世帯数は今の827万から、あっという間に1000万を超えます。ということは、日中戦争はできないということです。戦争が起きればSGIの世界広宣流布が遅れるからです。この創価学会・公明党の論理を理解することが重要だと思います。
日本は世界広宣流布の根拠地であり、その価値観を共有する政党が公明党です。ただ公明党幹部は、自民党と四半世紀も連立政権を組むことで、公明党の所属議員が内面から“自民党化”しているのではないか、と心配しています。
自民党の政治家が高級なレストランやバーで飲食するのを、公明党の人たちは別世界のことのように理解できません。2021年2月、緊急事態宣言中に銀座のクラブで遊んでいた公明党の遠山清彦さん(衆議院議員。比例九州)が議員辞職しました(のちに除名処分)。
あの時、公明党・創価学会の人たちは怒り心頭に発していましたが、その後、遠山さんはコロナ対策の融資金を違法に仲介したとして執行猶予つきの有罪判決を受けています(2022年3月29日)。
しかも、仲介の謝礼に受け取った約1000万円を銀座のクラブで使っていたことも判明。“自民党化”で、心のありように問題が生じているのではないかと公明党は危惧しています。
【山口】公明党議員の自民党化とは、興味深い見解ですね。確かに、戦後の日本政治を瞥見(べっけん)すると、自民党と組んだ政党は“養分”を吸われたかのように力を失っています。新自由クラブしかり、新党さきがけしかり、社会党しかり……。
ただ、公明党は遠山さんの例はあるにせよ、理念がしっかりしていますから、佐藤さんが「(遠山さんに公明党が)怒り心頭に発している」と言われたように、どこかで一線は守ると思います。また先ほど佐藤さんが指摘されたとおり、「防衛装備移転三原則」の改定に際し、岸田政権に歯止めをかけました。
自民党からすれば、公明党への不満が溜まっているかもしれません。ところが選挙を考えたら、自民党のほうから公明党を切るという選択肢は今のところはないでしょう。
本書で佐藤さんが、維新の会と公明党との対決姿勢を述べられましたね。その前段にあるのは2023年の大阪市議会議員選挙です(4月9日投開票)。この選挙で大阪維新の会(維新の会の大阪府総支部)は過半数(46議席)を獲得するや、以後の公明党との選挙協力関係を解消します。
維新の会の馬場さんは「今、公明党さんに何かの協力をお願いする状況下にはない」とまで言い放ちました。これでは、公明党は“使い捨て”です。
大阪で起きていることが、今後の自公政権のひとつの雛形になるかもしれません。次期衆院選は、その試金石でしょう。
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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優、法政大学法学部教授 山口 二郎)