元大関で歌手の増位山太志郎さん 肝不全で死去 76歳 初の親子大関 歌手としても活躍

大相撲の元大関で歌手の増位山太志郎さん=本名・沢田昇(さわだ・のぼる)が6月15日午後2時38分に肝不全で亡くなったことが17日、関係者への取材で分かった。東京都出身。76歳

2度の優勝など名大関として活躍した初代増位山大志郎の長男として生まれ、日大一高では水泳選手として活躍。卒業直前に力士を志願し、父の反対を押し切って父が師匠を務める三保ケ関部屋に入門した。67年初場所で初土俵、同部屋同期には北の湖がいた。70年春場所で新入幕。80年春場所で大関に昇進。初の「親子大関」で騒がれた。大関在位は7場所と短かったが、手を伸ばして相手の出足を止める独特の立ち合いや、柔軟な足腰を生かした右上手投げ、内掛けや外掛けなど多才な技を駆使して活躍した。81年春場所で引退し年寄「小野川」を襲名、84年に三保ケ関部屋を継承した。また日本相撲協会の審判部副部長などを務めた。

土俵以外でも多芸多才ぶりを発揮し1972年に「いろは恋唄」で歌手デビュー。74年「そんな夕子にほれました」、77年「そんな女のひとりごと」などをヒットさせた。1978年の第11回日本有線大賞では同曲で有線音楽賞とベストヒット賞を受賞。画家としても二科展入選の常連だった。

2013年11年に日本相撲協会を定年退職。本格的に歌手活動を開始。また、墨田区内に「ちゃんこ増位山」(現在は閉店)をオープンさせていた。

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