愛犬が脱臼の治療手術から6日後に死んだのは、術後の容体を誤診し適切な処置を取らなかったことが原因だとして、大阪府内の飼い主一家5人が滋賀県の動物病院の男性院長に対し、計約770万円の損害賠償を求める訴訟を大阪地裁に起こすことが11日、分かった。動物は民法上「物」として扱われ、賠償が認められても金額は低くなることが多い。飼い主側は「ペットは大切な家族」と訴え、こうした現状に一石を投じる考えだ。
大阪府内に住む夫婦と娘3人の家族が飼っていたのは、ポメラニアンとトイプードルの混血犬でメスの「るく」。生後2年6カ月だった今年5月、膝が脱臼するけがをし、家族は同月12日、骨を正常な位置に戻す手術を受けさせるため、インターネットで見つけた滋賀県内の動物病院に入院させた。
難しい手術ではなく、同日夕「問題なく終了した」と連絡を受けた。しかし、3日後の15日に家族が迎えに行くと、るくは見るからに衰弱。院長は「すぐ回復する」といったがそうはならず、17日昼に近くの動物病院で検査すると、夜間救急動物病院での精密検査と緊急手術を検討すべきだとすすめられた。
精密検査では脾臓(ひぞう)に水がたまり、小腸に穴が開いて壊死(えし)していることが判明。感染症による敗血症などが疑われた。18日未明に緊急手術を受け、一時は立ち上がり尻尾を振るなど元気な様子を見せたが、同日午後に血管中にできた血栓が原因で急変。息を引き取った。
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「これからもたくさん思い出を作るはずだったのに」。旅行やバーベキューなど、どこに行くのも一緒だった「家族」の死に、夫は食事がのどを通らないほどの精神的ショックを受け、体重は10キロ以上も減少。6月には鬱(うつ)病と診断された。
明るく笑いの絶えなかった茶の間は、ひっそりと静まり返るようになった。
振り返れば、膝の手術の直後から、るくの異変は明らかだった。入院中に院長から送られてきた動画では元気がないように見え、血液検査でも、体内で炎症などが生じた場合に増加するタンパク質「CRP」が手術前には0・4だったのに、手術後は9・3に。正常値は1以下とされ、何らかの感染症などを疑うべき状況があった。
だが心配する家族をよそに、院長は「ホームシックだろう」「術後はこの程度は上がるもの」と繰り返し、退院時も検査を提案することはなかった。夫は「全てを楽観する『だろう運転』と変わらない。職務怠慢だ」と憤る。一方で「専門家がそう言うのならと信じてしまった」と自身らの判断を責める気持ちもぬぐえない。
訴訟では院長側に、最初の手術以降、総額100万円近くに膨らんだ治療費のほか、家族5人それぞれに慰謝料120万円の支払いを求める。
「現実にペットを『物』と考えている飼い主はおらず、裁判官には家族の被害そのものを見てほしい」と訴える飼い主ら。この訴訟が動物医療の見直しにつながればと願っている。
一方、院長は産経新聞の取材に応じなかった。
「物」が壊された場合には、経済的価値に応じた損害賠償を求められるが、精神的苦痛に対する慰謝料の対象にはならないのが通例だ。しかし近年、民法上は「物」であるはずのペットを「特別な存在」と認める司法判断も珍しくない。
大阪地裁は令和5年9月、ペットサロン経営者がトイプードルのトリミング中にはさみでのどを傷つけ、その後死なせた事故で、原告3人に1人当たり12万円の慰謝料を認めた。
京都地裁も昨年3月、手術中にペットのウサギが死んだ事故で獣医師の責任を認定。ウサギが「かけがえのない家族の一員」と言及し、飼い主夫婦への慰謝料を各30万円と判断した。従来の判例に比べれば高額の認定といえるが、いずれの判決も請求額に比べれば、ごくわずかだった。
明治大の吉井啓子教授(フランス法)は、動物に対する社会の見方が変わってきたことで「広く慰謝料が認められるようになり、徐々に高額化もしてきた」と指摘。欧州と異なり、動物を物と区別する民法規定が日本にない中で、司法が柔軟な判断をするようになった点については一定評価する。
一方、動物愛護法では動物を「命あるもの」と位置づけ、殺傷や虐待の罰則を強化してきた。動物愛護意識の高まりに伴い通報も増えたことで、摘発件数も増加傾向に。令和5年に全国の警察が動物愛護法違反で摘発した件数は181件で、約10年間で5倍に増えた。こうした流れも踏まえ、吉井氏は「司法判断はさらに変化していく可能性がある」と話している。(藤木祥平)