令和4年7月の安倍晋三元首相銃撃事件で、殺人などの罪に問われた山上徹也被告(45)の裁判員裁判第3回公判が30日、奈良地裁(田中伸一裁判長)で開かれ、安倍氏を司法解剖した奈良県立医科大の粕田(かすだ)承吾教授の証人尋問が行われた。事件を巡っては「別方向から狙撃した真犯人がいる」といった言説があったが、計4カ所のいずれの銃創も、被告の放った弾丸によるものとみて「矛盾しない」と述べた。
こうした言説が生まれたきっかけは、安倍氏の治療にあたった救命医が事件当日の記者会見で述べた所見と、奈良県警が翌日発表した司法解剖結果の齟齬(そご)だった。
救命医は「首から入った弾丸によって心臓の壁に大きな穴が開いた」と説明した一方、県警は「左上腕部から入った弾丸で左右鎖骨下動脈を損傷したことによる失血死」とした。腕から入った弾丸は体内で発見されておらず、首から弾丸が入った角度を疑問視する一部見解もあり、「第三者犯行説」につながったとみられる。
この日の証人尋問で粕田氏は、弾丸による傷は4カ所と指摘。左上腕と右前頸部(けいぶ)から体内に入った2発による傷と、前頸部と胸の傷だった。
左上腕に当たった弾丸は体内を右胸腔(きょうくう)まで約30センチ進み、心臓に近い左右の鎖骨下動脈を傷つけた。粕田氏は、損傷による大量出血で多臓器不全に陥り、「即死に近い状態だった」と指摘した。見つかっていない弾丸については、救命措置を行う中で「胸腔内の血液を吸引したときに一緒に吸引された」と推測した。
一方で、首に当たった弾丸は体内で右胸を通り、右の上腕骨にめり込んで止まっていたと指摘した。この傷を巡っては、道路上にいた被告が台に立って演説していた安倍氏を「下から上方向」に撃ったのに、弾丸の進み方は首から腕という「上から下方向」で、向きが食い違う-と一部で疑問視する声があった。
しかし、安倍氏は撃たれた際にマイクを右手で持ち、肘が上がった状態だった。粕田氏は「姿勢によっては(弾丸の進む方向は)横方向だ」と強調。被告の手製銃による傷だとみて「矛盾しない」と述べた。さらに、この弾丸は重要な血管を損傷しておらず、致命傷にはつながらなかったとした。
粕田氏はこのほか、左胸の打撲擦過傷は、胸ポケットに入れていた議員バッジに弾丸が当たり、粉砕された衝撃によるものだと考えられるとも指摘。検察側は今後、バッジを法廷で示すとした。
公判では弁護側も殺人罪の起訴内容を認めており、複数犯かどうかという争いはない。その中で、銃創と被告の犯行を結びつける質問を丁寧に重ねたことについて、検察関係者は「〝陰謀論〟を意識しているわけではないが、裁判員、ひいては世間の人たちが持つかもしれない疑問は解消していく必要がある」と述べた。