「梅酒1杯で15万円」は序の口…歌舞伎町の雑居ビルで、客から財布の中身をすべて吸い上げる“悪魔のシステム”とは《ぼったくりの実情》

〈 「若者の欲望と時間を静かに吸い込んでいった」…黒川紀章が設計した高田馬場駅前の巨大な複合型ビル「ビッグボックス」の“意外な歴史” 〉から続く
東京ドーム7個分の広さに、欲望と現金が渦巻く日本一の歓楽街、歌舞伎町。この街では夜な夜な、ある“狩り”が行われている。
「梅酒を1杯飲んだだけで15万円請求された」
「軽く女性に触れたら24万円と言われた」
そんな被害は、もはや珍しくもない。なぜ、何度摘発されてもぼったくりがなくならないのか。フリーライターの本橋信宏氏が監修を務めた 『東京アンダーグラウンド』 (大洋図書)の一部を抜粋し、その悪魔のシステムについて紹介する。
◆◆◆
変わらぬ不夜城、変わる手口
新宿のほぼ中央に位置する歌舞伎町は、面積わずか約0.34キロ、東京ドーム7個分ほどの広さしかない。そこが国内最大の歓楽街として知られ、その名は不夜城の象徴となっている。北は職安通り、南は靖国通り、東は明治通り、西は西武新宿駅前通りに囲まれ、飲食店、風俗店ビル、ゲームセンター、クラブが密集しており、日が落ちるとともに昼とはまるで異なる非日常世界が展開される。
キャッチとポン引き――ぼったくりの仕組み
歌舞伎町の危うさは、歓楽街としての顔と闇社会との交錯にある。ホストクラブや風俗店、闇金融、半グレ集団、台湾系ネットワークといった国内外の勢力が入り混じり、詐欺や暴力事件、違法賭博、薬物取引が表出しやすい環境をつくり出してきた。都内のほとんどの盛り場と同じで、この街も戦後の闇市から発展してきた。店舗の入れ替わりや摘発の歴史を通して、法の手が届きにくい「裏側」が形成されてきたのである。
この街を象徴する事件のひとつが、いわゆる「梅酒1杯15万円事件」である。三十代の風俗オタクが店の女の子たちをはべらせてはしゃいだ。みんなに梅酒を飲ませて、本人が口を付けたのはたった一杯。さらには軽く女性に触れただけで24万円の請求を受けた。
結局15万円にまけてもらったが「“払わないならいいよ。息子はこんな馬鹿な遊びしてるんだ”ってお父さんに電話するよ」って脅され、「ごめんなさい!」と泣き出して払ったという。
この事件は、歌舞伎町における悪質なぼったくりの象徴的事例として語り継がれている。
歌舞伎町のぼったくりは、フリーランスの客引き、いわゆるキャッチやポン引きによって成立している。キャッチは店専属で契約しており、酔客に声をかけて店へ誘導する。5千円ぽっきりの簡単な言葉で誘い込まれた客は、店に入った途端、8万から10万の請求に直面する。驚くべきことに、徴収された金額の二割がキャッチの取り分としてバックされる。この「理詰めでの取り立て」は、店の家賃や人件費といった経営数字を盾に客を説得する手法として、長年暗黙のルールとして行われてきた。
ポン引きの場合はさらに巧妙で、客に女性をあてがいながら、必要に応じて追加料金を請求する。女の子が生理だといって代わりの女性を呼ぶ際や、六本木から女性を連れてくるといってタクシー代を取るなど、まさに「抜け目のない」仕組みだ。客は酔いと欲望で正常な判断力を失いやすく、ポン引きの目論見通り、財布を開くことになる。
このシステムによって、元ぼったくり店のオーナーは、複数の店舗で日々数百万円単位の純利益を得ることができたという話もある。日払いで支払われる従業員やホステスの取り分を除けば、残りはほぼ利益。警察への賄賂や細やかなコネクションを駆使することで、摘発のリスクを最小化していたのも特徴だ。
台湾系ネットワークと違法風俗の影
また歌舞伎町には、台湾系ネットワークと呼ばれる組織的な業者が入り込んでいるのもよく知られている。違法風俗業との結びつきが強いのだ。ネットワークで、個室ヌードやファッションヘルス、プチぼったくり店を運営し、キャッチやポン引きを巧みに使って利益を最大化してきた。法的なグレーゾーンを狙い、営業停止や店名変更を繰り返しながら、数十店舗単位で事業を拡張してきた歴史がある。
台湾系はただ資金力があるだけではなく、従業員教育や集客ノウハウ、警察との関係構築に長けていた。
客を選別し、クレジットカードを持つ層を重点的に狙うなど、効率的な搾取システムを確立していたのである。この手法を駆使し、表面上は華やかな歓楽街の裏で、違法かつ巧妙な経済圏が形成されている。
歌舞伎町のぼったくりは、隣接するゴールデン街にも波及している。
ゴールデン街は本来、個性的な小規模バーが集まる文化的空間だったはずだが、歌舞伎町から流れた悪質店やキャッチが影響を及ぼし、いまでは違法性やぼったくりの問題が散見されるようになっている。店の一部は女装者や個性的なマスターが経営しており、過去には著名人が訪れたことも伝えられるが、料金体系は同様に高額で、常連客が減少する傾向もある。ただしゴールデン街でのぼったくりは、歌舞伎町ほど組織化されてはいない。もっとも個人店同士の価格競争や顧客の取り合いによって、自然発生的に強引な徴収行為が生まれることもある。結果として、街の文化的魅力と違法性が微妙に交錯する複雑な状況が続く。いずれにしても、歌舞伎町はさまざまな形のぼったくりと深く絡み合いながら今日も蠢いている。
シマウマに忍び寄るハイエナのように
この街のぼったくり店は、客の心理を巧みに利用する。アルコールが入り、性欲が高まり、判断力が鈍る状態を見計らって接近する様子は、野生のハイエナがシマウマに忍び寄るかのようだ。通行人は、雑居ビルの暗いスナックや個室型の店舗に誘い込まれ、脅しや理詰めによって料金を吸い取られる。店内でのやり取りのなかで、強面の用心棒や熟練のホステスによる心理的圧力も加わり、彼らに抗うという選択肢は少しも残らない。
それでも、街の魅力は衰えない。非日常を求める人々、異文化的な体験を楽しみたい層、単に好奇心から足を運ぶ観光客が絶えず訪れる。これが、歌舞伎町におけるぼったくりが長年存続してきた最大の理由かもしれない。
近年、警察や行政は歌舞伎町の違法営業やぼったくりに対して監視を強化している。ただし、摘発の対象となった店舗は営業停止や閉店に追い込まれる一方で、新たな店名で再オープンする例も少なくない。台湾系ネットワークや地元の業界関係者は、摘発や行政指導を避けるため、巧妙な手法を駆使して営業を続けている。こうした状況は、歌舞伎町の特殊な経済圏を維持する要因となっている。
「縦穴」構造の歌舞伎町と欲望の棲み分け
この街の雑居ビルは、横に広がる町並みというより、地層のように縦に積もる「感情の堆積物」だ。地上1階は呼び込みの声がぶつかり合う表層、2~3階は“軽い火傷”で済む遊戯のフロア、4階を越えたあたりからが怖い。換気扇の奥で鳴る低周波の音、細い廊下の先で待つ黒ずんだドア、貼り替えられたばかりの用途不明のポスター……2000年代前半、雑居ビルの構造はまだ“昭和の名残り”が濃く、看板の上張りを何度も重ねたような、退屈と危険が交差する迷路だった。
テナントの入れ替わりは早いが、ビルの“匂い”だけは変わらない。油と湿気の混ざった空気は、いま思えば街そのものの体温のようなものだった。そこに、トー横キッズや地雷系の若者たちが漂いはじめるのはもう少し後。彼らは、雑居ビルという「穴」に吸い寄せられるように出入りすることになる。
本橋氏はいう。「六十年代後半から歌舞伎町は居場所ない若者たちにとって最大規模の避難場所でした。歌舞伎町の旧噴水広場、大久保公園、雑居ビル、小さな公園などがいま彼女たちの避難場所になっています」。
外見を整形された街
2010年代に入ると風営法改正の波とともに、歌舞伎町はどこか“整形手術”を受けたように外見を整えられた。ただ、雑居ビルの中身だけは、法律の指先が届くよりも早く、地下水脈のように生き残る。その頃から明確になってきたのが「ホス狂い」たちの動線だった。ホストクラブからアフターへ、アフターから“処理と休息”のための狭小ルームへ、そしてビル裏階段の吸い殻だらけの踊り場へ。若い女性たちはそれを“旅程”のようにこなすが、いつも雑居ビルを貫いていたのは変わらない。女性たちの財布や心の「収縮と膨張」のグラフを、階段の段差として記録していた。
そして2018年以降に増えたのが、SNSで光る虚像を“主戦場”に変えた若年層だ。彼らはビル内で眠る灰色の産業よりも、もっと軽やかなものを求めていた。配信部屋、コスプレ撮影スタジオ、地下のレンタルスペース、無許可の撮影スポット、それらはどれも「誰かの承認に向かって穴を掘り続ける行為」の延長線だった。雑居ビルは、もはや“危険な箱”ではなく、“自撮りの背景として借りられる影”になっていった。
とはいえ、雑居ビルには必ず「古い影」が残る。通称“ガラ部屋”と呼ばれる、何度片付けても人の気配が残り続けるテナント。店が消えても消えない配線の束。ドアの郵便受けに溜まる名刺とチラシ。あれらは、街が抱えてきた「面倒な記憶」の断片だ。
そして、トー横キッズが登場する。雨宿りする踊り場や、深夜に酔ったホストが階段の途中で座り込む光景は、どこかで雑居ビルの“影”と折り重なり、不思議な均衡を保っている。歌舞伎町の大半を占める雑居ビルは、誰かの夢が焼け焦げた跡を隠しつつ、今日も新しいネオンの色を壁に受け止めている。その縦穴の深さは、街の光量と反比例する。眩しいほど、ビルの奥は暗くなる。歌舞伎町の「見たくない現実」と「見たがる現実」が、同じエレベーターに押し込まれた結果できた奇妙な世界なのだ。
〈 サラリーマンの街特有の“狭く深い需要”が詰まった“ニュー新橋ビル”…不動産関係者から「再開発が最難関クラス」といわれるのはなぜ? 〉へ続く
(本橋 信宏/Webオリジナル(外部転載))

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