壱岐沖ヘリ事故1年、親族2人を失っても「ヘリは100%必要」…医師「最後の砦」

長崎県の壱岐島沖で福岡和白病院(福岡市東区)の医療搬送用ヘリコプターが不時着水し、医師や患者ら3人が死亡した事故から6日で1年。医療資源が限られる離島では、ヘリは住民の命を守る「命綱」となっている。対馬から搬送中に亡くなった患者の遺族は喪失感を抱えながらも、ヘリを活用した救急医療体制の維持を願う。(野平貴、島居義人)
対馬市南部に住む永尾一心さん(80)は患者としてヘリで搬送されていた姉の本石ミツ子さん(当時86歳)と、付き添っていた、おいの和吉さん(同68歳)を事故で失った。
今月4日に2人の一周忌の法要を迎えた永尾さん。「あっという間に1年がたったという思い」と振り返る。
昨年4月6日、永尾さんが工事現場の仕事から自宅に戻ると、テレビでヘリ転覆のニュースが流れていた。「お前の姉でねえか」。友人から電話があったが、最初は何のことか分からなかった。その後、姉とおいの名前がテレビに出た。心配し、他の親族に電話をかけてもなかなかつながらなかった。
ヘリは午後1時30分、本石さんらを乗せて対馬市の対馬空港を離陸し、福岡和白病院を目指したが、17分後に航跡が途絶えた。機体はその約3時間後に転覆した状態で見つかった。機長ら3人は機体から脱出し、助かった。本石さんと和吉さん、医師は機内で発見され、その後死亡が確認された。
本石さんは、近くで暮らす永尾さん宅の掃除をしてくれたり、おかずを作って持ってきてくれたりする優しい姉だった。和吉さんはしっかりもので、コメ作りに励んでいたという。
永尾さんが本石さんと最後に言葉を交わしたのは事故の2、3週間前。家の掃除をして帰ったとの電話があった。短い会話をしただけで、きちんと話ができなかったのは今も心残りだ。
今回の事故後も、ヘリが島の医療を担っていくとの考えは変わらないという永尾さんは「ヘリは100%必要」と訴える。
ほかの島民らからも、ヘリによる搬送体制の維持を求める声が上がる。6年前、脳内出血で対馬市から福岡和白病院にヘリで搬送されたという70歳代男性は「離島で一刻を争う患者にはヘリは大切なものだ」と訴える。母親や姉ら4人がくも膜下出血などで対馬から本土の病院にヘリ搬送されたことがあるという60歳代女性は「ヘリは必要不可欠で、措置が早ければ早いほど回復につながる可能性が高いのでは」と話す。
対馬から、福岡和白病院への搬送は、同病院が医療搬送用ヘリを導入した2008年6月から行われてきた。
対馬市消防本部などによると、23年に対馬から九州本土の病院にヘリで搬送した61件のうち、和白病院のヘリが28件と半数近くを占め、24年は64件中19件だった。4月に事故が起きた25年は51件中3件に減った。
同年は県のドクターヘリも運航委託先の整備士不足などで運休が相次ぎ、県防災ヘリや自衛隊ヘリの稼働が増えた。ただ、医療資機材の搬入などに時間を要するほか、自衛隊ヘリの出動には災害派遣要請の手続きが必要となる。県はドクターヘリの運休中、佐賀県のドクターヘリに応援を要請したが、装備の問題などで海上飛行ができず、離島には出動できなかった。
対馬の医療の中核を担う県対馬病院の八坂貴宏院長は「医療人材などが限られる離島にとって、ヘリは本土並みの治療ができる『最後の砦』」と強調。ドクターヘリを離島も含めた広域的な対応ができるよう佐賀、福岡両県と協力することを提案する。
これに対し、県の担当者は「現在、ドクターヘリの2機体制に向けた準備を進めている。まずは体制を整え、運用状況を見極めていきたい」としている。

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