川勝知事の「謎理論」を地元紙が援護射撃する怪…「最終局面」を迎えてもリニア問題がまだこじれそうなワケ

静岡県のリニア・水環境問題の最大の焦点である田代ダム案の協議が「最終段階」に入った。ところが、川勝平太知事は田代ダム案を必死でつぶそうと悪あがきしている。
川勝知事の最大の“武器”は、河川法違反に当たる「水利権の目的外使用」を蒸し返すことだ。
昨年4月にJR東海が田代ダム案を提案して以来、同案を「水利権の譲渡」「目的外使用」だと決めつけて、これまで事あるごとに河川法に触れると繰り返した。
11月9日の知事会見では、川勝知事だけでなく、静岡新聞記者が田代ダム案は金銭補償による水利権取引だとして「県専門部会で議論するのが筋である」などとあおり立て、解決をさらに遅らせようとした。
90分にも及んだ定例会見では田代ダム案への疑問が繰り返され、「無法地帯」とも言えるドタバタの茶番劇が繰り広げられた。
まず、河川法の水利権とは何かを押さえておこう。
水利権は、農業用水、飲料水などの利用のために、河川の流水を継続的、排他的に使用する権利を指す。農業用水は農業用水のみ、飲料水は飲料水のみと用途が限定されている。
2003年に静岡県で大井川農業用水を工業用水へ違法転用していた問題が発覚したが、これは水利権の目的外使用であり、違法転用を受けた工場から工業用水料金を徴収していたから、水利権の譲渡に当たる。
発電用水源池の田代ダムの水利権を有する東京電力リニューアブルパワー(東電RP)は今回、一時的、自主的に大井川の取水を抑制する。JR東海は、取水抑制で大井川に放流される流水をどんな形でも使用しない。つまり水利権の目的外使用などありえない。
リニア問題解決のためにひと肌脱ぐ東電RPは、さまざまな労力をJR東海のために提供する。民間の営利企業同士であり、そこで何らかの費用の授受が発生しても、水利権の目的外使用ではないから、水利権取引の対価にもならない。
田代ダムなどの発電用水利権はすべて国土交通省が管理している。
川勝知事らがきちんと理解できないため、国交省は、一時的、自主的な取水抑制である田代ダム案は河川法に触れないとする「政府見解」を出している。
拙著『知事失格』(飛鳥新社)で、川勝知事の「62万人の命の水を守る」の嘘を詳しく紹介した。
その中で、62万人の水道水を供給する県大井川広域水道企業団は、毎秒2立方メートルの水利権を付与されているが、現状では半分以下の26万人程度しか各自治体に給水していないことを明らかにした。
残りは、大井川に自主的に放流していることになる。これで同企業団が河川法違反に問われることはない。
本稿では、川勝知事の「水利権の譲渡」「河川法に触れる」との主張が、「62万人の命の水を守る」と同じく単なる虚偽であることをわかりやすく説明する。
11月9日の会見で、川勝知事は田代ダムの水を使用する発電所が所在する山梨県早川町について言及した。川勝知事は「田代ダム案が出たとき、早川町の辻(一幸)町長が『田代ダム案で取水が抑制され、発電量が減ることで早川町への電源立地交付金が減額になった場合、差額を補償してもらう』と言っていた」と発言。加えて、それについて「当時の金子(慎JR東海)社長は早川町へ補償するとおっしゃった」と続けた。
また、このJR東海の対応に対して「通常考えれば、これは水利権の目的外使用というふうにとられます。国交省は目的外使用に当たらないと説明している。しかしこれは非常にグレーである」などとデタラメな発言をした。
水力発電施設周辺に交付される電源立地交付金(正しくは水力発電施設周辺地域交付金)は、資源エネルギー庁が発電用施設周辺地域整備法で管理している。
当然、発電用施設周辺地域整備法による電源立地交付金が、河川法の水利権に縛られることはない。つまり、全く関係ないのだ。
10年ほど前、川勝知事は、水利権更新を控えた田代ダムを視察後、早川町を訪れた。辻町長から、田代ダムからの電源立地交付金が町財政に重要だという話を聞いて、今回の田代ダム案と電源立地交付金を結びつけてしまった。
早川町には5カ所の東電RP管轄の水力発電所がある。各発電所の毎年の発電量は雨量など天候に左右されるほか、それぞれの施設の更新、点検などもあるため、一定ではない。
そのため、資源エネルギー庁はダムなどを含めたすべての発電用施設の過去10年間の平均発電電力量などを基に交付金額を算定して、山梨県を通じて早川町に交付している。個別の発電所やダムごとに交付金が支払われる制度ではない。
今回の田代ダム案による取水抑制での発電量の減少は、全体からすればわずかな値で、交付金額算定では誤差の範囲でしかない。たとえ今回の取水抑制で電力量が減っても、実際の交付金が減額されるかどうかはわからない。
そもそも、国の交付金が減ったからといって、JR東海が自治体に補償するわけはない。
2022年6月9日の記者会見で、金子社長(現会長)が東電RPへの補償に言及している。
翌日付の静岡新聞記事によると、「河川法で認められていない水利権の売買に当たらないか」という記者の質問に、金子社長が回答している。
同記事で、金子社長は「取水の抑制をお願いすることで東京電力に損失が出るということであれば、なんらかの形で補償するという話になるかもしれないが、水利権を譲ってもらうとか、対価を払うという発想ではない。法律に抵触するお願いをしたという認識はない」と答えている。
金子社長は、田代ダム案で水利権を譲ってもらう対価を支払うわけではなく、河川法に抵触するおそれがないことをはっきりと明言している。
金子社長が、田代ダム案の補償関連で発言したのはその1回限りである。
今回、川勝知事が発言したように、早川町の電源立地交付金を補償するなどとはひと言も言っていない。
つまり、11月9日の金子社長に関わる発言は、川勝知事「恒例の不適切発言」である。
またJR東海の田代ダム案が河川法に抵触しないことを静岡新聞は紙面で紹介しながらも、2023年7月27日付同紙は、まるまる1ページを使って、『「田代ダム案」浮かぶ課題』と題し、水利権の目的外使用に当たるおそれがあると主張して、川勝知事と同じく田代ダム案をつぶそうと躍起になった。
「実質的には取引」という見出しで、「水利権に詳しい東京経済大の野田浩二教授は、JRが取水抑制することで東電RPに生じる損失を補償する方針を示していることから『実質的な水利権取引と解釈するのが自然』との認識を示す。その上で、『今回のような変則的な対応は残念。今後類似例が増え、水利権の管理が大変になるのではないか』と危惧する」という記事を掲載した。
田代ダム案が、まるで「水利権取引」であり、「変則的な対応」で、「水利権の管理が大変になる」などと悪意と誤解に満ちた談話で構成されていた。
筆者は、野田教授が本当に水利権に詳しい学者なのかあまりにも疑問点が多いと思い、東京経済大学に野田教授の取材を申し込んだ。直接の取材は受けていなかった。
同大学広報課の回答は「都合上、取材対応はできない」だけだった。ちなみに野田教授は、河川法の専門家ではなく、環境経済学を専門としている。
水利権を所管する国交省への取材もなく、今回の田代ダム案を「水利権取引」で「変則的な対応」としてしまうのは、偏向記事でしかない。
また「今後類似例が増え、水利権の管理が大変になる」と野田教授は述べているが、もともと水利権の管理と関係のない事案だから、「水利権の管理が大変になる」ことなどない。
本当に、野田教授は、今回の田代ダム案をちゃんと調べたのか、あまりにも無責任な発言に思えた。
この野田教授を取材した静岡新聞記者が11月9日の会見で、「当時の金子社長が補償する発言をしたということについて、国土交通省は目的外使用に当たらないと言っていて、(知事は)無礼であるとおっしゃった。無礼であるのは、これは誰が誰に対して、無礼とおっしゃるのか」と、あまりにも“無礼”な質問をした。
どこをどう調べても、川勝知事は「グレー」と言っただけで、「無礼」などとは言っていない。しかし、何と川勝知事は「国交省の見解に対して無礼である」と答えてしまった。
さらに、「電源立地交付金が減ることをJR東海が補償することは水利権の目的外使用に当たるととらえているのか」と記者が何度も繰り返すと、川勝知事は「目的外使用に当たる可能性があるのではないか。目的外使用ではないと国交省が言っているが、その理屈が通るのか、素人にはちょっとすっと落ちない」と逃げてしまった。
この記者は「JR東海が取水抑制をお願いした分を金銭的に東電に補償する行為についても目的外使用に当たると、知事の理屈があると思う」とJR東海の費用負担が目的外使用になることに、知事の同意を強引に求めた。
しかし、川勝知事は「断定していない。懸念がある」と回答し、その後同席した天野朗彦・経営管理部参事(法務担当)の助言をうながした。天野氏は静岡県の法務担当責任者である。
天野氏は、2023年7月27日付静岡新聞の記事を挙げて、「大学の先生(野田教授)が、その対価を支払うと、水利権の売買に当たる可能性があると言っている」だけと述べた上で、「国交省が当事者になるので、そこで法的な判断をしてもらえばいい」と回答した。
記者は「田代ダム案が提案された県専門部会で議論のするのが筋だ」などと不満を述べると、天野氏は「国交省が水利権を所管している。法的な問題は当然しっかり国土交通省がチェックしてもらい、適法なものが出てくる」と回答していた。
川勝知事、記者ともに河川法と発電用施設地域周辺整備法の違いも区別できず、特に河川法を全く理解できていない。単に田代ダム案をつぶすことに躍起になっているだけだ。
ことし3月27日の大井川利水関係協議会で、静岡県吉田町の田村典彦町長が「田代ダムの取水抑制を行った場合、発電に影響ないと東京電力は言っているのか? もし、発電に影響がないならば(取水抑制を)ずっとやってもらっても問題ないのでは」と、東京電力の今後の水利権に影響するような疑問を投げ掛けた。
これに対して、JR東海は「(田代ダム案は)東京電力の発電に影響が及ぶ。発電量は減ることになるが、東京電力にリニア工事のためにひと肌脱いでもらう。そのための経済的な補償をする」などと回答した。
10月26日、この件を田村町長に確認すると、田村町長は「田代ダム案に賛成だ。水利権の主張などしない」と答えた。
これで大井川流域の首長たち全員が、田代ダム案が東電RPの水利権に影響を与えないことを確認している。残るは、川勝知事のみである。
田代ダム案で、最大の懸案だった大井川の水環境問題が解決すれば、静岡工区着工への道筋ははっきりと見える。しかし、底の割れた「茶番劇」はまだまだ続くのかもしれない。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)

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