大阪府で来年度から私立高校の授業料を完全無償化する施策が実施される。吉村洋文知事にとっては今春の知事選公約に掲げた看板施策で「国公立私立の区別なく、生徒が望む進路を選べる」という触れ込みだ。今月5日には東京都でも所得制限を撤廃し、私立高を含む授業料を実質無償化する方針を小池百合子知事が表明した。都市部で起きた無償化の動きは全国に波及するのか。
保護者の負担ゼロ
大阪府の授業料無償化は、府内在住で府内の私立高校に通う場合に適用。府外でも、府の制度に参加すると表明した高校は無償になる。一方、大阪府の私立高校に通う周辺府県の在住者は大阪府の制度の適用外だ。
大阪府では、これまでも授業料が実質無償となる施策はあったが、世帯年収590万円未満といった制限があった。新制度は、入学金などの保護者負担はあるものの、授業料はゼロというもので、保護者らの反応も上々だ。
無償化の財源は、一定額までは国や府の公費補助でまかなうが、補助上限を1人年63万円に設定し、超過分は学校側が支払う。
行政側が補助額の上限を設ける仕組みに、府内の私学団体からは当初、「学校負担が増し、各校それぞれが行う独自の教育の質を保てなくなる」との反発もあった。ただ、府は学校全体への助成の増額を提示し、何とか合意にこぎつけた。
学校側の負担も必要な制度とあって、制度の実施には学校側の参加意思が前提だが、府内にある全日制私立高95校のうち94校が制度に参加する見込みだ。
突出した優遇策
大阪府民の中には近接する兵庫、京都、滋賀、奈良、和歌山の近畿5府県の私立高に通う生徒も多い。昨年度の在籍者は約8300人にのぼる。
大阪府は府外の学校へ通学する生徒にも無償化制度を適用しようと、近畿5府県にある私立高にも制度への参加を求めている。ただ、他府県の私立高も自らに負担がかかる制度とあって、もろ手を挙げて賛成というわけにはいかない。
兵庫県私立中学高等学校連合会の摺河(するが)祐彦(まさひこ)理事長(姫路女学院中高校長)は「各府県で補助制度の中身や経緯が違う。大阪の制度を当てはめるのは乱暴だ」と訴える。
また、多くの学校関係者からは「住む地域によって授業料が無償と有償の生徒が教室内に混在する状況は教育上好ましくない」との声も上がる。
ただ、周辺府県の私立高にとって、制度参加は大阪府在住の生徒をより多く獲得できるチャンスでもある。和歌山県では全日制私立高校9校中8校が制度への参加を表明。奈良県も全日制私立高校15校のうち2校の参加が明らかになった。
奈良県も追随
逆に近隣府県の生徒が大阪府の私立に通う場合は、授業料がかかる。大阪府民だけが優遇されることになるが、ある府幹部は「吉村知事は大阪が突出した優遇策をとることで、近隣にも影響を与えたい思惑もあるようだ」と打ち明ける。
大阪以外で初めて日本維新の会公認の知事として山下真知事が5月に就任した奈良県も、世帯年収910万円未満とする制限を設けつつ、来年度から授業料無償化に順次取り組む。年63万円の上限を超える授業料は保護者負担とするなど、制度内容に違いはあるが、大阪に追随する動きは周辺に広がり始めている。
吉村知事は「本来なら完全無償化は全国でやるべきだ」と指摘。最終的には国の施策として、完全無償化を行うべきだと訴えている。(木ノ下めぐみ)
教育格差縮小への一歩となるか
龍谷大の松岡亮二准教授(教育社会学)
高校授業料の無償化によって、保護者の職業、収入、学歴などを含む社会経済的地位が比較的恵まれた家庭にとっては、私立中学受験を含めて選択肢が増えるかもしれない。しかし、すでに授業料が無償で、私立高の入学金や諸費用を負担できない層にとって変化はなく、不十分ではないか。
また、国が高校授業料を無償化しても、国公私立問わず通学可能な範囲に多くの高校があるのは都市部なので、選択肢の数の地域格差は残る。本来は、義務教育を強化したうえで、どの公立高であっても生徒が可能性を最大限に追求できるような制度を整備すべきだ。
今回の大阪と東京の政策をきっかけに、短期的には家庭の社会経済的地位による教育格差が拡大する可能性がある。一方で、教育の私費負担が大きい社会の在り方そのものを変えようという流れになるのであれば、長期的には格差縮小へ向かう一歩だったと評価される日が来るかもしれない。