12日午後に福島地裁で判決が言い渡される元陸上自衛官、五ノ井里奈さん(24)に対する性暴力事件を巡っては、防衛省が五ノ井さんの告発を受けて実施した特別防衛監察で、既存のハラスメント防止対策が機能していない実態が浮き彫りになった。同省は2023年版の防衛白書で今回の性暴力や所属部隊のずさんな対応について「対策の効果が組織全体まで行き届いていなかった」と自己批判したが、実効性のある対策の実現は道半ばのままだ。
同省は海上自衛隊の護衛艦「たちかぜ」の乗員だった隊員の自殺といじめの因果関係を認めた訴訟(14年に判決確定)などを受け、16年度に各種ハラスメントに関するホットラインを整えた。さらに、19年度から新任の幹部職員にハラスメント防止教育の義務化や、懲戒処分の理由へのハラスメントの追加など仕組みを整備してきた。
こうした中、防衛省・自衛隊の相談窓口に寄せられたハラスメントの相談件数は16年度は256件だったが、21年度は2311件と右肩上がりに増加。22年度も2122件と高止まりしている。
この理由について、23年4月の国会審議で浜田靖一防衛相(当時)は「ハラスメントは相談、通報し、厳格に対処されるべきものとの意識が浸透している」と説明。省幹部は「相談窓口は全ての相談に対して誠実に対応を行っている」とも答弁した。
これらの説明は、防衛相直轄の防衛監察本部が今年8月に公表した特別防衛監察の結果で大きく傷ついた。調査対象とした1325件のハラスメント被害申告のうち、6割超が相談窓口や相談員を利用していなかった。「改善が期待できない」「相談できる雰囲気ではない」などの回答が多く、制度が機能不全に陥っていることが判明した。
防衛省は24年度当初予算の概算要求で、ハラスメント対策費に前年度の約4倍となる約8000万円を計上。相談窓口の受付時間を延ばしたり、部下への接し方などを実践的に学ぶ実施回数を増やしたりする計画だが、「あくまで既存の事業の拡充にとどまる」(同省人事教育局)。ハラスメント防止策を検討してきた同省の有識者会議が今年8月に公表した提言も踏まえ、ハラスメントが発覚した際に指導的立場の隊員が適切に対処した場合、プラス評価する人事制度の導入などを現在検討している。
22年末に閣議決定された安全保障関連3文書でも「ハラスメントを一切許容しない組織環境の構築」が打ち出されたが、20万人超の巨大組織を変えるのは容易ではない。22年10月に五ノ井さんを中傷する内容をインターネット掲示板に投稿したとして、陸自幹部が今秋、侮辱罪で横浜区検に略式起訴された。投稿時期は、五ノ井さんに対する性的な発言や身体接触が日常的にあったと防衛省が認めて謝罪した直後だった。
呉地方総監部(広島県)が管轄する部隊に所属していた海上自衛官の女性は22年8~12月、男性隊員からセクハラ被害を受け、退職した。被害は特別防衛監察の調査が実施されていたさなかに起き、女性は拒否したにもかかわらず、加害男性との面会を部隊幹部に強要されていた。海自トップの酒井良・海上幕僚長は記者会見で「(面会させないことは)幹部として当然持っているべき常識」と険しい表情を浮かべた。
この事案では加害者ら3人が停職10カ月~5日間の処分を受けた。一方、同時期に東京都内のDVD販売店で中古DVDを盗もうとして逮捕(その後不起訴処分)された航空自衛隊幹部が懲戒免職となった。制服組の一人は「ハラスメント根絶に力を入れていると強調しながら、被害者を退職させても停職、窃盗が免職では、市民の支持を得られるのか」と首をひねった。
相次ぐ不祥事に、ある背広組は「組織を変えるには結局、厳罰化しかないのでは」と漏らした。【松浦吉剛】