子どもにとって拠り所となる熊本市の児童養護施設で、女児の胸を触り、裸を覗き見するなど複数の性虐待が続いた。加害者は当該施設で勤務する30代男性職員だ。ノンフィクションライターの三宅玲子氏は被害者女性や、現場を知る元職員から寄せられた証言をもとに、現地を徹底取材した。
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性虐待が放置される原因
ジャニー喜多川氏による性虐待の全体像はまだ明らかになっていない。
被害者が膨大な数に及んだのは、60年以上にわたり加害が放置されたためだ。外部専門家による再発防止特別チームは、放置の背景にある2つの問題を指摘している。
ひとつは、同族経営の問題だ。ジャニー喜多川氏と姉・メリー氏が経営権を独占し、ガバナンスは効かず、幹部は被害の隠蔽に加担した。もうひとつは、報道機関が沈黙してきたことだ。ジャニーズ事務所のタレントは視聴率や販売部数を稼げる圧倒的に強いコンテンツだった。報道機関は子どもの権利より自社の利益を優先したのだ。
だが、子どもの権利をないがしろにしているのは芸能界だけではない。
ある児童養護施設で性虐待が行われているという情報に接したのは、英BBCによってジャニーズ報道が再燃するよりも前、2022年12月のことだった。
児童養護施設は熊本市にあり、加害が疑われる職員は理事長の息子(30代)だという。この施設は熊本市に実在するが、本稿では施設名を記載しない。特定による被害者への二次被害を避けるためだ。
そもそも児童養護施設とは、保護者が何らかの理由で育てられない家庭の子どもが生活する場だ。全国約600の施設のほとんどが社会福祉法人による運営で、運営費は国と地方自治体によって賄われている。
そこで暮らす2万7千人のうち、約65パーセントに虐待の経験がある(2018年2月1日厚労省児童養護施設入所児童等調査)。心身の傷ついた子どもが安心して生活し、自尊心を健全に育むべき場所で大人による性虐待が起きているのが事実だとすれば、被害児の恐怖とトラウマの深さは想像にあまりある。
さっそく取材を始めると、同時多発的に複数の情報が寄せられた。
10人近い関係者、3人の女性被害者に9回に分けて話を聞いた結果、浮かび上がってきたのは、性虐待が長期間にわたって行われていた疑いだ。
加害が疑われる職員を、仮にX氏としよう。彼は10年前にこの施設の女子施設で児童指導員として働き始めたという。児童指導員とは、児童養護施設で暮らす子どもたちの日常生活をケアする職種の呼称だ。
児童指導員は専門資格ではないが、児童福祉や社会福祉、教育学を学ぶ専門学校・大学を卒業しているなどの要件を満たすことが求められる。保護者からの虐待により愛着形成に課題のある子どもたちは、精神的に不安定になりやすい。そうした子どもたちの生活基盤を整え、安定した精神状態で生活できるよう支援する。子どもに信頼されないと成り立たない仕事だ。
夜、寝ていると胸を触られて
X氏から2015年に胸を触られる被害にあったと証言したのはAさんだ。本人の希望により現在の年齢と、被害時の年齢は伏せる。
小学生だったAさんは、夜、施設の自室で寝ていたとき、X氏に下着の上から胸を触られた。X氏が入職して3年目のことだった。
このときAさんは恐怖と動揺ですぐに大人に打ち明けることができなかった。1年ほど経って他の職員が把握し、X氏を含めた話し合いの場が用意された。X氏は「毛布がずり落ちていたから掛け直した」と釈明しつつも、「ごめんなさい」と謝り、仲介した職員によりその場で仲直りをさせられた。
だが、触られたのが初めてではないような気がしたと、Aさんは当時を振り返った。
「もっと小さかった頃はX氏と仲がよくて、膝に乗ったりおんぶされたり、こちょこちょされたりしてました。だから、寝ていて胸を触られたとき、それまで私が気づかなかっただけで、前から触られてたんだと思いました」
Aさんは職員に促されて“仲直り”するよりほかなかったが、そのことを後悔している。
「あのとき職員が虐待として外部機関に通告してくれていたら、被害は繰り返されなかったかもしれない」
Aさんがそう思ったのは、この後も別の年下の女児に対し、加害が続いたからだ。
その一人、Bさん(18歳)が被害を受けたのは、Aさんの被害から3年後の2018年だった。中1の夏頃から中2にかけて、お尻を触られる被害にあった。本人の記憶では「10回よりは少ない。5回ほどだった」。脇の下をくすぐる「こちょこちょ」や、「猫みたいでかわいい」と言いながら首根っこをつかまれるといった身体接触は、2、3日に1度はあった。「胸が小さいね」と性的な暴言を吐かれ、一度は浴室をのぞかれ裸を見られた。
大人の職員たちも目撃していた
X氏の性虐待はほかにもあったのではないか。そう思わせる目撃証言が大人たちからも集まった。
元職員Cさん(希望により年齢は伏せる/女性)は在職中、X氏の部下だった。X氏が勤務するユニット(施設内の生活単位)には小学生から高校生まで6人が生活していたが、そのうち2人の小学生に対し、X氏の身体的距離が近いことに違和感を持った。
「X先生は女の子を膝に乗せていました。小学校低学年の子と中学年の子です。プレイルームで夕食後や休日にテレビを観ながら過ごす時間があるのですが、そのときに必ずと言っていいほど膝に座らせたり、膝枕をして股間の上に女の子の頭が乗るような体勢をとったりしていました。太もものあたりを、指を這わせるように撫で回していました」
プレイルームとはユニット内に設けられた共用スペースで、一般家庭のリビングのような空間のことだ。
元職員Dさん(20代女性)も、X氏がある女児を膝に乗せて撫で回す場面に何度も遭遇した。そのたびにその女児に向けて「もう幼児さんじゃないからおかしいよ」と膝から降りるよう促したが、子どもに被害実感がなく、離れたがらないこともあった。その女児についてDさんはこう述べた。
「その子のおかあさんは男性を家に連れてきて子どものベッドの隣りで性行為をしていたそうです。小さいときに親の性行為を見せられる虐待を受けた子どもは異性との距離感の認知が歪んでしまう傾向があります。それを正し、適切な距離の取り方を教えるのが施設職員の役割なのに、X氏は、親元から離れて生活する女の子の寂しさにつけ込んでいるように感じました」
こうした行為は「撫で回し」と呼ばれる。
「撫で回しは明らかな性暴力です」と話すのは静岡大学の白井千晶教授だ。白井氏は家族社会学が専門で社会的養護の現場にも詳しい。
「幼少期に親からの虐待などで愛着形成に課題を負うことになった子どもは、自己肯定感を高める機会を奪われて、こうした撫で回しに対して本当はいやだと思っているのに、防衛本能や恐怖からいやだと言えないことがあります。また、幼くていやなことをされていると認識できず、大人になって気づくことがあります。そのときの自身への処罰感情が深く自分を傷つけてしまうことが懸念されます」
白井氏によれば、子どもへの性虐待の8割は家族を含む身近な人が加害者だという。子どもの頃に受けた性被害はPTSDや解離症状、性的逸脱行動など、成人後も長く苦しみ、人生に負の影響を深く残す。
元職員のCさんとDさんはX氏の日常的な性的嫌がらせについてさらに証言した。箇条書きにすると、以下の通りだ。
女児が入浴時に自分のショーツを手洗いした後、陰部があたる部分をX氏が確認する
浴室を覗き見する
気に入っている特定の中高生の下着を含む衣類をX氏が洗濯する
男性職員は入室を控えるべき洗濯室(女子の洗濯物を干す場所)に、X氏が出入りする
女子の着替え中にX氏が入室する
低学年女児に添い寝する
ショートパンツ着用女児の足首を持って逆さ吊りにする(足の付け根から下着が見える)
中高生少女をくすぐる
これらの行為が日常的に行われていたとCさんとDさんは話した。
X氏の父親は加害を知りながら
施設職員による子どもへの性虐待は監護者わいせつ罪(刑法179条)にあたる。プライベートパーツ(胸、口、おしり、性器)を触ることは当然、罪に問われる。しかし、Bさんによると、X氏の父は息子による加害の事実を知っていたという。父は、当該施設の理事長と施設長を兼務する。
じつはBさんへの加害が始まった頃、施設の子どもたちに対して児童相談所(以下、児相)が定期的なアンケート調査を行った。施設での生活の困りごとを尋ねるその用紙に、BさんはX氏による加害を書き込んだ。
提出後、Bさんは理事長からその記述について聞き取りをされた。
理事長に「これ、本当のことなの?」と問われ、Bさんは「本当だよ。だから書いたんだよ」と答えた。このとき理事長は改善を約束したとBさんは言う。
しかし事態は好転せず、Bさんは同年の秋に児相の職員に直接、被害を訴えた。職員は真剣に聞いてくれたが、状況は変わらなかった。そこで警察にも訴えた。約1年半で計10回ほど児相と警察に足を運んだ。
「学校の帰りに交番に相談に行ったことがありました。暗くなったので警察官がパトカーで施設に送り届けてくれて、理事長とX氏に注意してくれたんですが、理事長は『施設内の問題なのでこちらで解決します』と言い、警察官は帰りました。警察が理事長に厳重注意したとも施設の先生から聞いたことがあります。でも結局は何も変わりませんでした。児相の職員さんにしても、だんだん諦めモードに変わっていったと感じました」
加害が始まって1年半後に施設を退所し、Bさんは別の社会福祉法人が運営するファミリーホームに移った。
子どもの性被害は証言や物証が残りにくい。そのため児相の職員はBさんに、被害にあった日時をメモするように助言したという。被害の記録や物証を示さなくてはならないというのは、一理あるように聞こえるが、被害を受けた直後に記録をするのは大人でも負担が大きい。それを子どもに求めるのは酷ではないか。
職員が一斉退職する事態に
X氏と女児たちの関係について文書で理事長に報告した職員がいた。
それは、X氏による特定の中高生少女への金品供与がきっかけだった。当時、施設ではスマホ所有は禁じられていた。ところがX氏はスマホやタブレットを特定の少女に個人的に貸し、また、漫画やDVD、シャンプー、トリートメント、柔軟剤など、中高生の小遣いでは手の届かない品を複数の少女にポケットマネーで買い与えていた。
このような子どもを手なずける行為を「グルーミング」という。相手と感情的なつながりを築き、接近する準備行動で、子どもの性暴力や虐待への妨害、抵抗を低下させるのが目的だ。
X氏の行為はグルーミングにあたると職員間で問題になり、3人の職員が理事長に文書で報告。X氏の女児との性的な距離の近さについても文書で問題提起した。
X氏は事実を認め謝罪したが、父親の理事長がX氏を女子施設に配置し続けたため、職員3人は抗議の意味を込めて2021年8月に一斉退職。退職翌月の9月、3人は熊本市こども政策課と児相に報告書を提出し、虐待を通告した。前出の元職員Dさんは、3人のうちの1人だ。
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三宅玲子氏による本記事の全文「 熊本市で繰り返された性虐待の実態 」は「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
(三宅 玲子/文藝春秋 電子版オリジナル)