「自分はだまされない自信があった。マインドコントロールのような感じだった」。深刻な特殊詐欺の被害が後を絶たない中、大手ディスカウント店の従業員らをかたるグループからキャッシュカードなどをだまし取られ、計150万円以上の被害に遭った川西市の70代女性が取材に応じ、巧妙な手口と自身が受けた精神的な苦痛などを語った。(喜田あゆみ)
女性宅の電話が鳴ったのは昨年10月18日午前10時ごろ。普段は非通知の不審な電話には出ないが、電話番号がディスプレーに表示されていたため受話器を取ると、相手は大手ディスカウント店「ドン・キホーテ」の従業員を名乗る男だった。
「クレジットカードが店で使われている」「女が7万円くらいの時計を買おうとしている」。矢継ぎ早に告げる切迫した声。男は女性の名字や名前、女性の持つカード会社を正確に知っていた。
「クレジット消費者協会」に連絡するよう言われ、携帯電話で男から教えられた番号へ連絡した。その後、30分おきに繰り返し協会をかたる別の男からの電話があり、カードの利用停止手続きの進捗(しんちょく)状況について説明された。
「どこに詐欺団がいるか分からない」「誰にも相談しないでください」。不安をあおるような言葉の数々に、女性は「冷静に考える時間がなかった。そのときはもう完全に信用していた」と振り返る。
同日午後1時ごろには、協会職員をかたる黒のスーツ姿の30~40代の男が訪ねてきた。「きちんとした格好で、悪そうな感じではない」。女性はそう感じたという。
男は玄関先で、「警察に渡す証拠品として銀行のキャッシュカードが盗まれないよう封筒に入れて保管してください。実印か銀行印が必要です」と依頼した。女性はキャッシュカードを封筒に入れ、促されるまま、家の奥へ印鑑を取りに行き、押印して封をした。
約2時間後にも同じ男が再び訪れ、今度はクレジットカードを保管するよう言われた。既に信用し切っていた女性は男を招き入れ、ジュースまで出したという。
男が帰った後もクレジット消費者協会をかたる電話は続いた。カードの新しい暗証番号を設定する必要があるといわれ、正しい暗証番号を教えた。帰宅した夫に一連の話をすると、警察に連絡するよう促された。しかし、女性は男らを信用しきっていたため、そのときは聞く耳を持てなかったという。
翌日午前9時ごろ、女性が預金している銀行の担当者から「計170万円の多数の利用がある。口座の利用を停止した」と電話があり、ようやく自分がだまされていたことに気付いた。女性は「頭が真っ白になった」とその時の心境を語る。
夫と一緒にそれぞれの封筒を開けてみると、中には別の透明なカードが入っていた。家の奥へ印鑑を取りに行ったり、飲み物を用意したりしていた隙に、封筒に入れたと思っていた自身のキャッシュカードやクレジットカードと、透明なカードがすり替えられていたようだ。
すぐに110番し、女性宅に駆けつけた県警の警察官とともに、協会をかたる次の電話を待ったが、電話はかかってこなかったという。
女性のキャッシュカードからは現金170万円、クレジットカードのキャッシング機能を使って現金20万円の計190万円が引き出されていた。
女性はその後、自己嫌悪に陥った。事件発覚後の約2週間は不眠ぎみになり、食事も喉を通らなかったという。「一刻も早くこのことを忘れたかった」と振り返る。
現在は、警察からの勧めで、自宅の固定電話には、特殊詐欺防止のための録音機能のある専用機器を取り付けている。だが、後悔の念は消えない。
女性は「今振り返れば、不審な点はいっぱいあった。おかしいと思ったらすぐに信頼する人に相談すべきだった」と悔やむ。今も詐取された金は女性のもとに返ってきていない。