リニア南アルプストンネル静岡工区を巡る国のモニタリング会議の初会合が2月29日、国交省で開かれた。
この会議は、既に議論を終えた国の2つの有識者会議の次の段階として、JR東海が取り組む対策を継続的に確認していく目的で新たに設置された。
国はもともと静岡工区の着工を促すために、水資源と環境保全の2つの有識者会議を設置。それぞれの有識者会議は静岡県の求めた47項目の課題を長い時間かけて議論し、解決策を提示した。
解決策が提示されたのだから、JR東海は静岡工区工事をスタートした上で、それぞれの対策が着実に行われているのか、モニタリングを受けることになる。
ところが、静岡県の川勝平太知事は2月5日に、47項目の解決策について、17項目は「終了」したが、30項目は「未了」として、課題は解決されていないとの立場を取っている。
モニタリングの前提となる国の有識者会議の結論を否定しているのだ。川勝知事が地下約400mのリニアトンネル占用を許可しなければ、静岡工区は着工できない。
これでは、モニタリング会議の役割が何なのかわからない。
今回、モニタリング会議を座長として仕切るのが、公益財団法人産業雇用安定センター会長の矢野弘典氏である。かつて横綱審議委員会委員長を務めるなど、その手腕はよく知られている。
川勝知事とも親交があり、静岡県の土地開発公社、道路公社、住宅供給公社のいわゆる三公社理事長を務め、それに関わる総務事務等を行う一般社団法人ふじのくにづくり支援センター理事長まで兼ねるから、静岡県とのつながりはあまりにも深い。
だから、座長だけを見れば、川勝知事側からすれば、リニア推進のJR東海へ偏重した意見を出さない適任者であり、国側にとっても、信頼の厚い矢野氏の判断に川勝知事も従うはずだと考えたのだろう。
初会合で、矢野氏は「誰が正しいのかではなく、何が正しいのかを見極める。県とJR東海の議論も監視する」と述べている。
そうであれば、モニタリング会議は、これまでのJR東海と静岡県の主張を洗い直して、どちらが正しいのかを判断した上で、静岡工区の早期着工へ向けて何をすべきかを指示する役割を負っているのだろう。
となれば、モニタリング会議が行うべき最初のテーマははっきりとしている。
たまたま2月25日にJR東海と大井川流域10市町長の意見交換会が開かれ、流域と川勝知事との意見の相違が明らかになった。
意見交換会のあと、染谷絹代・島田市長が「流域の総意」として、現在、山梨県内で進めている「高速長尺先進ボーリング」(調査ボーリング)について、「静岡県境を越えて、特に破砕された脆弱(ぜいじゃく)な地層が分布する不確実性の高い地域で、早期に調査ボーリングを実施してほしい」とJR東海に求めたのである。
川勝知事は静岡県境を越える調査ボーリングを認めておらず、流域10市町は国の関与を強く求めていた。
「流域の総意」が示された25日の翌日の会見で、川勝知事は「(調査ボーリングは)水抜き工事であり、(意見交換会で)水の量は一切問わないというふうに言われたと聞いているが、抜かれる水がどのくらいのものになるか知りたいところだ。それはモニタリング委員会に任せる以外ない。この監視をするのがモニタリング委員会でそういう立ち位置になる」などと述べた。
「流域の総意」に対して、川勝知事は率先して、モニタリング委員会の存在を挙げた。
会見では、調査ボーリングが水抜きであり、その量を監視するのがモニタリング委員会の役割として、そのような体制を取るよう求めた。
「調査ボーリング」実施を求める流域10市町長と「調査ボーリング」を認めない川勝知事の主張のどちらが正しいのかわからないまま、調査ボーリングを監視することなどありえない。
まず、「調査ボーリング」実施が正しいのかどうかを判断すべきだ。
そうなれば、モニタリング会議の存在価値がはっきりと見えてくる。
これまで国の有識者会議の結論が川勝知事によって否定されてきたが、今回のモニタリング会議はそうはいかない。どのような判断が出ても、川勝知事は否(いな)とは言えないだろう。
だから、国の手腕を見せる絶好の機会ともなるはずだ。
「調査ボーリング」実施は、リニア沿線の関心も高く、それもなるべく早い結論が待たれるのだ。
まずはこの具体的な問題を解決するところから、モニタリング会議は手をつけるべきである。
問題はこの「調査ボーリング」だけにとどまらない。
静岡県は昨年5月、「本県が合意するまでは、リスク管理の観点から県境側へ300mまでの区間を調査ボーリングによる削孔(さっこう)をしないこと」とする要請書をJR東海に送っている。
静岡県境手前の300m地点で、川勝知事は「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」を唱え続けている。
この問題に対して、山梨県の長崎幸太郎知事は静岡県へ強い不満と抗議の意思を示している。
「調査ボーリングは水抜きだ」という静岡県の主張に対して、長崎知事は「調査ボーリングは作業員の命を守り、科学的事実を把握するために不可欠だ」と否定している。
それだけでなく、「直径12センチの穴を開けることで出る水はほんの微量であり、現在湧水量は少ない。静岡県の懸念はあまりにも抽象的である」と川勝知事と真っ向から対立しているのだ。
流域10市町も山梨県内の調査ボーリングを認めている。山梨県内の調査ボーリングに口を出す川勝知事の主張は、静岡県の信頼性を失わせるとも考えているようだ。
今回のモニタリング委員会の初会合で、JR東海は「調査ボーリング」について「山梨県内で山梨・静岡県境に向けて高速長尺先進ボーリングを実施しており、不確実性の低減に向けて地質の確認を行うとともにボーリング湧水の水量・水質を測定し、地下の状況を確認している。
今後さらに県境を越えて静岡県内の地質や地下水の状況を確認する計画をしている」などと説明している。
JR東海の主張には川勝知事の懸念する「水抜き」などひと言もない。
となれば、モニタリング委員会は、これまで県地質構造・水資源専門部会でどのような議論が行われたかも参考にしたほうがいい。
昨年6月7日の県専門部会で、丸井敦尚委員(地下水学)は「調査ボーリングは県境300m付近で止めるのではなく、実際に掘り進め、県境を越えて静岡県内を含めて試料を取って科学分析しなければ、静岡県の水かどうかの科学的な正確な判断はできない」と述べている。
大石哲委員(水工学)も「JR東海の言う通り、調査ボーリングで大量湧水に至ることはなく、コントロールできる」と判断している。
6月9日には、長崎知事が「どこそこの水という法的根拠は何か、そもそも静岡の水とは何かを明らかにしてもらう必要がある。長野県、山梨県が源流となる富士川の水の(静岡県の)利用に対してわれわれも何かいうことはできるのか、この問題は山梨県内の経済活動に影響を巻き起こす懸念がある」と強い怒りをあらわにした。
山梨県内の調査ボーリングを止める科学的、法的根拠を示せ、というのである。
長崎知事の怒りに、川勝知事は「山梨県内で出た水を静岡県の水だと主張しない」と明言した。
ところが、「県境のボーリングで水が引っ張られることは間違いない。いわゆるボーリング調査を兼ねた水抜きだということも共通の理解だ。破砕帯で水が出た場合には、それをどのように戻すのか、ボールはJR東海に投げられている」と従来の主張を繰り返し、「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」の要請書を撤回しなかった。
その後、川勝知事は「県専門部会の判断に委ねる」としたが、6月7日の丸井、大石の両委員らが「調査ボーリングすべし」とした結論以降、県専門部会で「山梨県内の調査ボーリング」の議論は行われていない。
ただ県専門部会で「調査ボーリングすべし」という意見が多くても、川勝知事にべったりの森下祐一・部会長が都合よく結論を変えてしまうだろう。
となれば、モニタリング委員会で「山梨県内の調査ボーリング」をテーマに議論を再開すべきである。
JR東海は、静岡県境から手前459mの位置まで調査ボーリングを進めている。現在、併行して先進坑を掘削しているため、調査ボーリングを再開しても、いつ300m地点に到達するのか不明な状況である。
いずれ、300m地点に到達するのだから、国のモニタリング委員会が「調査ボーリング」の是非を判断して、早急に静岡県、JR東海へ伝えるべきである。
実際には、「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」という川勝知事の主張がいかにおかしなものかは、周囲の誰もがわかっている。
また「調査ボーリング」に関係して、静岡県の47項目の課題をきちんと整理すべきである。そもそもモニタリング委員会は、国の有識者会議で、県が議論を要求した「引き続き対話を要する事項」47項目について「すべて解決、整理されている」との前提で設置されたものだ。
それなのに、県は47項目のうち、17項目を「終了」、30項目が「未了」とした。
30項目の何が「未了」であるのか、国との見解の違いをモニタリング委員会ははっきりとさせるべきである。
それだけでなく、県は「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」などとする新たな言い掛かりすべてを「引き続き対話を要する事項」に含めてしまった。
モニタリング会議のあと、オブザーバー参加した森貴志副知事が、県の新たな対話を要する事項をモニタリングの対象にするよう求めていた。
もし、次から次へ新たな懸念を「対話を要する事項」に入れるのならば、リニア議論はいつまでたっても終わりがないだろう。
実際には、川勝知事の言うモニタリング委員会の「立ち位置」がどこにあるのかいまのところ、わかっていない。
だからこそ川勝知事は、山梨県内の調査ボーリングは調査に名を借りた水抜き工事であり、JR東海が約束した「工事中の湧水の全量戻し」は実質破綻するとまで脅してきた。
モニタリング会議は科学的、客観的な議論を行い、川勝知事のデタラメを許すことがないようしっかりと対応すべきである。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)