鳥取県で昨年末から今年にかけて病院の医師から消防の救急救命士へのパワーハラスメントが発覚し、病院の救命救急センター長が解任される事態に発展した。全国の消防職員らでつくる団体が、会員を対象に実施した調査では、2割超が医療機関からのハラスメントを経験しており、専門家は改善の必要性を指摘する。(鳥取支局 中島高幸、藤本幸大)
「当院への指示要請は応諾いたしかねます」。昨年12月5日朝、鳥取県東部消防局の担当者はメールに気づいて仰天した。送り主は、地域で唯一の重度の急患に対応する3次救急を担う県立中央病院の救命救急センター長(当時)だった。
救急救命士は搬送の際、医師の指示がなければ、医療器具を用いた気道確保や薬剤投与などができない。消防局は即座に病院に改善を求めたが、指示が受けられない状況は10日間続いた。その間、患者2人について、別の病院の医師に指示を仰ぎ、中央病院に搬送した。
東部消防局によると、センターとの間では以前から問題が生じていた。
2021年春に就任したセンター長が、救急隊が患者を搬送する際の手順「プロトコル」を問題視。改訂を求める中で、センター長を補佐する副センター長らも救急隊員に高圧的な態度を取るようになった。
救急隊の対応について「そんなことも助言を受けないと判断できないことが問題だ」「誰に教わったんですか」などと発言。隊員からの電話を一方的に切ることもあったという。
搬送中の指示を巡る問題の後、東部消防局は22年1月以降にパワハラが22件あったとして、中央病院に調査を要請。病院は、うち6件をパワハラやその疑いがある行為と認め、改善を約束した。さらに県は今年2月10日付でセンター長と副センター長の役職を解任した。
問題解決が長引いた理由について、県幹部は、センター長が地域医療のてこ入れのために県外から招かれた医師だったことを挙げる。
県東部は医療機関の救急科医師が人口10万人あたり0・4人(2016年時点)と、全国平均(2・6人)を大きく下回っていた。センター長は、その改善を図るために 招聘 したドクターヘリを使った救急医療の専門家だった。
副センター長ら複数の医師も、センター長と同じ病院から来ており、この県幹部は「辞められたら困るという状況で強く指導できなかった」と明かす。
小谷穣治・神戸大教授(災害・救急医学)は「今回のような事態で一番不利益を被るのは地域住民だ。早急に協力態勢を構築するべきだ」と話している。
消防職員の3割近くがハラスメント「受けた」
全国約1万2000人の消防職員でつくる「全国消防職員協議会」(東京)が2021年に一部の会員を対象に実施した調査では、約1400人が回答を寄せ、うち26%が医療機関からのハラスメントを「受けた」と回答した。
医師から「なぜこんな患者をうちに連れてくるのか」とどなられたり、「君は頭が悪いな」と罵倒されたりしたケースがあった。
背景について、協議会は「消防が患者受け入れをお願いする立場であることや、医師が救急隊の指導を自身の役割だと考えていることがある」とした上で、「医療機関の人員不足や過酷な労働環境も要因」とする。
医療機関を対象にハラスメント研修を手がける岩手県立中央病院の大浦裕之副院長は「救急医は失敗を許されない緊張感を抱えており、それが他者への怒りやパワハラにつながりやすい。消防と病院が、こまめに問題を話し合える場を設けるなどして、命を救うという共通の目標を持つ仲間として尊重し合う環境をつくることが大事だ」と話した。