高齢ドライバーによる運転免許証の自主返納の年間件数が令和元年にピークを迎えた後、「右肩下がり」を続けている。新型コロナウイルス禍による外出自粛の影響に加え、高齢者による事故のニュースが相次ぐことでの〝慣れ〟を警戒する声もある。警察庁は返納後に取得できる運転経歴証明書のメリットをPRするなどして返納を促していく方針だ。
池袋暴走事故を機に急増
警察庁交通局の公表資料によると、令和元年の免許返納は60・1万件だったが、2年55・2万件、3年51・7万件、4年44・8万件、そして昨年は38・3万件と減少の一途をたどっている。
令和元年の返納件数は前年から4割以上増加。背景にあるのが、同じ年の4月に母子2人が死亡し、9人が負傷した池袋暴走事故とみられる。
結果の重大性に加え、運転していた通商産業省(現経済産業省)の元高級官僚が87歳と高齢だったことや、遺族の松永拓也さんが「交通事故根絶への思い」を再三訴えたことなどで、自主返納の動きが広がったとされる。
こうした点からも社会情勢が返納件数の増減に大きな影響を与える傾向が強いことが分かる。
少しさかのぼれば、平成29年3月の道交法改正で、75歳以上の高齢ドライバーに対する免許更新時の検査や講習が強化されると、対象となった「後期高齢者」を中心に同年は42・4万件の返納があり、28年の34・5万件から大幅に増えた。
一方、返納件数の減少が始まった令和2年は、1月に新型コロナウイルスの国内初感染が確認され、3月には最初の緊急事態宣言が発出。昨年5月に感染法上の位置づけが季節性インフルエンザと同じ5類に引き下げられるまで警戒が続いた。
警察庁はこの間、特に高齢者の外出機会が減り、返納のきっかけや動機づけが減少したことが返納件数の縮小につながったとみている。
目立つアクセル踏み間違え
交通事故死者数が「交通戦争」と呼ばれた昭和45年の1万6765人からここ数年は2千人台で推移する中、反比例して高齢者事故のニュースが目立つことで「〝慣れ〟が生じているのではないか」(警察庁関係者)と危惧する声も上がり始めている。
神奈川県藤沢市で昨年5月、アクセルとブレーキを踏み間違えた70代女性の乗用車がショッピングセンターに突っ込んだ事故で、県警藤沢署の関係者は「事故を目撃した買い物客の多くが『また高齢者か』といった反応だったと聞いた」と語る。
同12月に90代男性の軽乗用車が甲府市役所に衝突した事故では、山梨県警の幹部が「以前は、長い運転経験の自信から『アクセルとブレーキの踏み間違えなどするわけがない』と否認するケースも多かったが、この事故ではあっさりと認めた。あきらめのような雰囲気があるとしたら困る」と胸の内を明かす。
事故捜査の現場に近い警察幹部は「地域性などさまざまな要素があるので、警察庁として一言で分析するのは難しいのではないか」と前置きした上で、こう指摘する。
「高齢運転者本人の警戒心が弛緩(しかん)したり、以前は一生懸命返納をすすめていた家族も感覚がまひしたりしてきたように感じられるのが、少し気になる」
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運転経歴証明書 運転免許証を自主返納した人や更新せずに失効した人に交付される。本人確認書類として利用できるほか、タクシー料金の割り引きなどのサービスが受けられる。一方でサービス内容は自治体によって異なることから〝お得感〟が一律ではなく、マイナンバーカードの普及が進めば身分証明書としてのメリットが薄れるといった問題もある。交付件数は令和元年の51・9万件がピークで、5年は29・1万件と減少が続く。