4月4日、派閥の裏金事件をめぐる自民党の処分が決着した。検察の捜査が終わってから、2か月以上の時間を費やした処分の舞台裏では、9月の総裁選を見据えた、激しい党内争いが繰り広げられた。「誰かに任せるとサボタージュと言われ、率先してやると出しゃばりと言われる」。一連の対応で茂木敏充氏は、総裁と二人三脚で政権のかじ取りを担う幹事長としての一挙手一投足に悩み続けた。
自民党の足元が揺らぐ中、ある党重鎮は「次の総裁は選挙の顔になれる人じゃないとダメだ」と話す。世論調査で「次の総理にふさわしい人」の数字が上がらず、“選挙の顔にはなれない”茂木氏の総裁選での勝算は低いとの見方も出るなか、本人は側近に「圧倒的な発想力で社会の常識を変える政策を打ち出せばいい」と語る。「選挙の戦略を考える時もそうだが、彼は負ける戦いは絶対にしない」(茂木氏側近)。自民党幹事長3期目のポストも勝ち取った茂木氏はいま、総裁への道筋をどのように描くのか。
処分をめぐって行われた駆け引き
3月17日に行われた自民党大会。岸田総理は挨拶で、「幹事長に対し、(裏金事件の)関係者に対する党としての処分について結論を得るよう指示をした」と述べた。岸田氏に近い党幹部は「これはある意味、総理から幹事長への宣戦布告だ」と読み解くが、茂木氏は「党幹部で協議して決める話なのに、なぜ幹事長とわざわざ名指しするのか」と周辺に総理への不信感を漏らした。
党紀委員会で処分が正式に決定したあとに行われた会見も、誰がどのような形で行うか、当日まで調整が難航した。茂木氏の側近は「幹事長は前面に出ない方がいい。自民党全体の事案なので、トップの総裁が会見をやるべきだと思います」と進言したが、官邸は岸田総理の側近である木原誠二氏を通じて「党紀委員会は幹事長の要請で行われるものなので、会見は幹事長がして下さい」と譲らなかった。
9月の総裁選を見据え、処分を主導したと思われれば、安倍派や二階派の議員から反発を受け、応援されないリスクもある。安倍派幹部らが責任を取ろうとせず、党の対応も後手に回る状況に、ある閣僚経験者は「日本は国政を決めるイベントが多すぎて本当に必要な議論が前に進まない原因になっている。この国の不幸だ」と嘆いた。
自民党を両輪で支える立場の総理と幹事長だが、一連の裏金事件への対応で、2人の間の溝は深まり続けていた。
「もう令和の明智光秀とは言われない」
岸田総理と茂木幹事長の溝が決定的となったのは、1月18日、岸田総理がこれまで“三頭政治”として岸田氏を支えてきた麻生副総裁、茂木幹事長に根回しをせず、岸田派の解散を検討する意向を表明した時だった。「岸田さんの自分勝手な決断で、問題のない他派閥にも影響が及ぶ。事前に相談がないなんてあり得ない」。裏金事件を受けて党の政治刷新本部で改革に向けた議論を進めるさなか、また自民党の改革実行本部を主導してきた茂木氏にとって、派閥の領袖という立場が“守旧派”と思われ得る決断を、総理が独断で決めたことは受け入れ難かった。
一方で、茂木氏周辺は「これで茂木さんは動きやすくなった。総理から喧嘩を仕掛けてきたので、もう何をしても明智光秀とはいわれない」と解説する。
総理を支える幹事長の茂木氏は、2012年に当時の石原伸晃幹事長が谷垣禎一総裁を押しのける形で総裁選に出馬し、「平成の明智光秀」と呼ばれたことになぞらえて、「令和の明智光秀」と表現されることがある。しかし、本人は戦国武将でいえば、明智光秀ではなく、「織田信長タイプ」。ホトトギスが鳴くまで待てないし、ホトトギスを無理やり鳴かせることもしない。“極めて合理的”な茂木氏が、この句を詠むとしたら「鳴かぬなら 代えてしまおう 別の鳥」。
一方、茂木氏の合理的な判断が、永田町の世界では「冷たい」「人望がない」と受け取られてしまうことも多い。岸田総理や官邸との溝が深まるにつれて、党内では茂木氏の一つ一つの決断に、本人の思惑以上の陰謀論が囁かれる状況になっていた。
総裁へのカギは“良き土台づくり”?
茂木氏が敬愛する作家・塩野七生氏が著書の題材にしたこともある、イタリア・ルネサンス期の政治思想家、マキアヴェッリ氏の言葉に「自己の戦力に基礎を置かない権力の名声ほど不確かで不安定なものはない」「君主にとって必要なものは良き土台である」とある。
総裁への道のりで、茂木氏にとって“土台”となる自身の政策集団、平成研をまとめきれるかは、大きな課題の1つだ。ある平成研幹部は「今はみんな様子見をしている。茂木さんが幹事長でなくなれば、ぽろぽろ抜けていく可能性がある」と茂木氏の“土台の弱さ”を指摘する。特に平成研に所属する参議院側との確執は大きく、参院中心に一定の勢力が「将来の首相候補」として推していた小渕優子氏が、事前の相談なく平成研を抜けた時には、それに乗じて関口昌一氏が参院全体で平成研から抜けることを画策した。そんな平成研の状況に、永田町のキングメーカー、麻生氏をよく知る議員は「麻生さんが茂木さんのずば抜けた頭脳を認めているのは間違いない。でも自身の派閥をまとめきれなくなったら、総裁選の時は見捨てるよ」と話す。
幹事長の素顔
平成研は4月にも、次の全体会合を開く予定だが、そこで「政治団体の登録を取り下げて一度、平成研を解散すべき」と主張する仲間を、納得させる結論を出せるのか、茂木氏は一つの正念場を迎える。
また最近、“土台の拡張”を意識してか、茂木氏は平成研に限らず、これまで関わりのなかった中堅・若手議員とも飲みに行く機会を増やしている。幹事長という自民党を取り仕切る立場がゆえ、強権的なイメージが先行し、「素顔が知られていない」との課題を自覚するためだ。飲み仲間は、永田町界隈だけに留まらず、20代の若手経営者らとも積極的に懇談を行い、こうした機会が自身の政権構想を考える際の発想力に繋がっている(茂木氏側近)という。実際、いま議論されているライドシェアなどシェアリングエコノミーの導入はすべきとの立場で、選択的夫婦別姓などリベラルな政策にも理解が深い。
「目指すポストは1つしかない」
茂木氏は自身を支える議員らに「今後政治家として目指すポストはもう1つしかない。そこに勝負するか、もしくは政治家を辞めるか、二択なんだ」と語るなど、次の総裁選を射程に準備していることを隠さない。
ただ、派閥の裏金事件が表面化して以降、「今、党内の争いをしている場合ではない。まずは自民党を立て直さないと、9月の総裁選を見据えても仕方ない」と静観の様相も見せる。「50年後の日本が良くなる議論をしたい」。自身が総裁になって実行したい政策がある茂木氏が、総裁選に出る決断をするのは、自身の軍備と自民党の足元が固まったタイミングなのかもしれないが、幹事長という立場と向き合いながら、「負けない戦い」へ備える時間は、あまり残されていない。
TBS報道局政治部 与党担当 長田ゆり