SNSで著名人になりすまして投資を呼びかける偽広告の問題が深刻化している。米SNS大手メタが運営するフェイスブック(FB)やインスタグラムで数多く確認されており、無断で写真を使われた著名人らがメタ側に抗議。偽広告を信じたSNS利用者が、多額の金を詐取される被害も多発している。(小峰翔、スタッブ・シンシア由美子)
「投資を人に勧めたことは一度もないし、SNSもしていない。あり得ないことが起きている」。経済ジャーナリストの荻原博子さんは15日、自著「投資なんか、おやめなさい」を手にそう憤った。
昨年6月頃、出版社から「FBで偽の荻原さんが投資を勧めています」と連絡があり、被害を知った。複数の著書の写真が投資を呼びかける偽広告に無断で使われていた。
荻原さんによると、出版社がメタ側に削除を要請したが、返事はなかったという。自身のホームページや講演で偽広告に注意するように求めるが、事務所には「だまされたかも」と被害者から問い合わせが来る。荻原さんは「私の信用は失墜するし、被害者は人生を棒に振って心が痛む。削除するのがメタの責務だ」と訴える。
なりすましの被害を受けた著名人は、実業家の前沢友作氏や堀江貴文氏ら多数に上る。両氏はメタに削除を要請したが、「違法広告ではない」「広告が多くて全てはできない」と回答されたという。生成AI(人工知能)で作成されたとみられる偽動画も出回っている。
メタは自動検知技術と人の目で広告を審査している。しかし、ネット広告の発注者などで作る業界団体「日本アフィリエイト協議会」(東京)の笠井北斗代表理事は「審査は不十分だ」と批判する。
メタの広告を巡っては、日本人向けの投資広告に中国本土で使われる「簡体字」が交じるケースも多数見つかっている。笠井氏の調べでは、投資を呼びかける偽広告は中国や東南アジアからとみられるものが目立つ。笠井氏は「不自然なものを機械的に除外するだけで、一定程度の被害を防げるはずだ」と指摘する。
老後資産全て失う
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関東地方に住む70歳代の女性は昨年7月、インスタグラムの広告をクリックした。荻原博子さんが株式投資を呼びかける内容だった。LINEには受講生ら約100人が登録しており、<荻原先生のビジネスパートナーが授業をする>との案内が流れた。
投資グループからAIを使う取引を勧められ、9月から指定された金融機関の口座に本格的に送金を始めた。「投資用アプリ」では、多額の利益が出ているように見えた。老後の資金とマンションのリフォーム代を稼ごうと考え、定期預金や生命保険を解約し追加で投資した。
12月、予定通り全額の引き出しを試みると、<収益の5%の支払いが必要>と言われ、詐欺を疑った。間もなくLINEグループから退会させられた。投じた額は約7000万円で一切戻ってこなかった。老後の資産を全て失い、自殺も考えた。「著名で同世代の荻原さんの発信に着目していたので信じてしまった」と悔やむ。
同じ名前の投資グループは、別の著名人をかたる偽広告も出していた。
埼玉県の男性会社員(43)は昨年8月、フェイスブックで前沢友作氏や堀江貴文氏の広告の一つをクリックした。その後、女性と同様の手口で1400万円をだまし取られた。長女には、第1志望の私立高への進学を諦めてもらい、「私の人生どうするのよ」と泣かれた。妻は、親族から離婚を促された。「家族に申し訳ない」と男性はうなだれた。
警察庁によると、昨年1年間に偽広告を含めた「SNS型投資詐欺」で確認された被害は2271件、約278億円に上る。各地でメタの日本法人を相手に、損害賠償を求めて提訴する準備が進んでいる。
一時配信停止求める 自民党WT
SNSの偽広告の問題を協議する自民党のワーキングチーム(WT)は19日に開いた会合で、メタに対し、一時的に広告の配信停止を検討するよう求めた。
WT座長の平井卓也デジタル社会推進本部長は「被害をなくす方法はメタ社が詐欺広告を載せないことだ。しばらくの間、広告を停止することも検討していただきたい」と語った。
この問題でメタは16日、「産業界、そして専門家や関連機関との連携による社会全体でのアプローチが重要だと考える」との声明を出した。しかし平井氏は、「当事者としての責任を感じているような文章では全くなかった。今日この時点でも驚くほどの詐欺広告があり、全然減っていない」と批判した。
会合に出席したメタのアジア太平洋地域の担当幹部は会合後、詐欺の被害に言及し、「日本の皆様にご心配をおかけしていること、大変重く受け止めている」と述べた。