娘はなぜ亡くなったのか――。イタリア・ベローナ市で2021年1月、日本人女性の遺体が見つかり、地元の警察は事件性はないと判断した。しかし現地の裁判所は今月、死亡の状況をさらに調べる必要があるとして、捜査当局に再捜査を命じた。3年間、答えを探し続けた女性の両親は真相の究明を願っている。(畑武尊、新潟支局 原大地)
不自然な点「調査必要」
「やっとここまで来た。一歩前進だ」。新潟市西区の坂田隆一さん(74)、道子さん(73)夫婦は絞り出すように話した。
21年の元日、道子さんはパソコンの画面を何度も確認していた。イタリアで20年以上暮らす長女の雅美さん(当時42歳)は、お正月に必ずお祝いのメールを送ってくれた。しかし、今年は届かない。道子さんが「明けましておめでとう」とメッセージを送っても、返信はなかった。
1月9日。夫婦が雅美さんに電話をかけると、女性の声でこう告げられた。
「マサミ・イズ・デッド(雅美は死んだ)」
信じられぬ思いで現地の日本総領事館に問い合わせたが、事実と判明した。遺体は雅美さんの自宅アパートで首をつった状態で見つかっており、地元警察は事件ではないとして本格捜査はしなかった。
新型コロナ禍で現地への渡航は困難。日本から遺体の引き取りや遺品の整理を進めていたとき、雅美さんの近所で暮らしていた男性から、「マサミは周辺にいた人物に殺害されたと思う」との連絡を受けた。
「トレッキングを楽しむなど充実した生活を送っていた。自ら命を絶つことはありえない」。疑念が募った。両親は4月、現地の検察当局に本格捜査を求める書類を提出し、同月末には捜査を始めると連絡を受けた。
両親の代理人を務めるマリオ・ジュリアーノ弁護士によると、2年以上が過ぎた23年6月、捜査当局は「殺人事件ではなかった」などと通知してきた。両親は納得できなかった。
イタリアでは、検察官の事件処理に関する請求を裁判官が審査し、公判や再捜査の開始などを決める。非公開で行われ、検察官や容疑をかけられた人物側、被害者らが参加する。両親はその場で「殺害された」と主張。現地の法医学者に死亡の状況を調べてもらい、「絞殺の可能性が高い」との鑑定結果を得て提出した。
現地の裁判所の判断が出たのは今年4月3日。遺体の状況に不自然な点があることから、「さらに調査が必要」と判断し、捜査当局に再捜査を行い、9か月以内に結論を出すよう指示した。新潟県警は21年2月、新潟に戻ってきた雅美さんの遺体を調べた。捜査幹部によると、事件性の判断はできなかったという。イタリアの裁判所は、国際刑事警察機構(ICPO)を通じて、新潟県警の資料を入手することも求めた。
雅美さんの両親は「イタリア警察はしっかり捜査し、真相を究明してほしい」と語る。
裁判所は複数のイタリア人の氏名を挙げ、再捜査するよう指示している。この弁護人の一人は取材に「依頼人は雅美さんの死亡とは無関係だ。しかし、雅美さんは暴力の被害に遭った疑いがあり、さらに調査をしなければならない」と答えた。
オペラ歌手目指し渡航
新潟市出身の坂田雅美さんは中学校で合唱部に所属していた。オペラ歌手を目指して高校時代は個人レッスンに通い、国内の音楽短大に進んだ後、本格的に声楽を学ぶために1998年にイタリア北部のミラノに留学。2000年にベローナに転居した後も、歌劇団のオーディションを受けたり、合唱のアルバイトをしたりしていたという。
04年に一時帰国した時は、ソプラノ歌手としてコンサートを開き、「夏の思い出」などの歌声を響かせた。最後に新潟市に帰省したのは13年だが、お正月や誕生日には必ず両親に近況を報告していたという。