地域住民が利用する「生活道路」の法定速度が2026年9月から、時速60キロから30キロに引き下げられる見通しとなった。歩行者や自転車のリスクを減らす狙いがあり、生活道路で起きた交通事故の遺族らは評価する一方、より安全な交通環境の整備を願っている。(村上喬亮、狩野洋平)
理不尽な事故
「やっと国が動いてくれた」。埼玉県川口市の市道で06年9月、保育園児らの列に車が突っ込み、長女(当時5歳)を亡くした父親(55)は法定速度の引き下げを一歩前進と受け止めた。
事故は午前10時前、幅約6メートルの生活道路で起きた。散歩中の園児と保育士計41人の列に、脇見運転の乗用車が時速50~55キロで突っ込み、21人が死傷、うち3~5歳の女児4人が死亡した。現場は法定速度が60キロと聞き、父親は「日常的に子どもが行き交う道なのに」と耳を疑った。
事故を受け、市内の生活道路では速度規制や安全対策が進められた。通学路や住宅街などで速度を30キロ以下に抑える「ゾーン30」の取り組みが全国に広がるきっかけにもなった。ただ、21年に千葉県八街市で児童5人の死傷事故が起きるなど、生活道路での事故は後を絶たず、父親は悔しい思いを抱えてきた。「理不尽な事故がなくなるよう、速度を落として運転することが当たり前な世の中になってほしい」と語る。
一般道の7割
現在の道路交通法施行令は、速度規制の標識などがない一般道の法定速度を時速60キロと定めている。先月30日に警察庁が示した改正案は、一般道のうち中央線や分離帯、道路中央のポールなどがない1車線の道路を時速30キロに引き下げた。
対象となるのは、主に幅員が5・5メートル未満の道路になるとみられる。全国に約122万キロ・メートルある一般道のうち、約87万キロ・メートルで全体の約7割に当たる。
昨年の交通事故は30万7930件で、10年前の13年(約63万件)から半減したが、幅員5・5メートル未満の道路で起きた事故の割合は全体の約24%で10年前からほとんど変わっていない。
警察庁が09年にまとめた報告書では、30キロまでは運転手が飛び出しなどの突発事象に対応でき、30キロを超えると歩行者らが致命傷を負う確率が急激に高まることもわかっている。
予算や設置スペースの都合で標識が立てられなかったり、規制速度の検討が不十分だったりする道もあり、警察庁は法定速度の一律引き下げに踏み切った。
施行まで2年
課題は一般道に「60キロ」と「30キロ」の法定速度が混在するようになることだ。さらに道路に「40キロ」などの標識がある場合は、従来通り、その最高速度が優先される。ドライバーは標識や中央線の有無などで、適用される最高速度を判断しなければならず、新制度の周知が極めて重要になる。
警察庁は意見公募(パブリックコメント)を経て、7月下旬にも改正施行令を公布するが、周知期間を考慮し、施行までに2年以上の期間を設けた。
交通問題に詳しい九州大の志堂寺和則教授(交通心理学)は「ドライバーの理解を得るには、交通環境に応じた適切な速度の規制が大切で、施行までに標識の設置箇所などの十分な検討が必要だ。一方、通学路では路面を隆起させて車の速度を抑制させるなど、ハード面の対策も続けていかなければならない」と話す。
進まぬ「歩車分離」
法定速度の引き下げは、日本では欧米に比べて歩行者が犠牲になる交通事故が目立つことも背景にある。
警察庁によると、交通事故から30日以内に死亡した人のうち歩行者が占める割合を先進7か国で比較すると、米国17・4%(2021年)、フランス14・9%(22年)、ドイツ13・2%(同)で日本の37・1%(23年)は突出して高い。
馬車の利用が進んだ欧州の都市では、歩道と車道が明確に分かれている一方、日本は歩行者の往来が中心だった道に車が走るようになった経緯があり、「歩車分離」は広がっていない。
警察庁は歩行者らの安全確保のため、自転車の交通違反を反則金(青切符)の対象とするなど総合的な対策を進めている。