迎撃もできなければ探知もできない…「いずもドローン模擬攻撃事件」で明るみに出た“日本安全保障のリアル”〈小型ドローン1機でイージス艦が5~6年は使用不可能に〉

とうとう認めた。
5月9日、防衛省は、海上自衛隊の護衛艦いずもをドローンで模擬攻撃したと称した映像がSNSに投稿された問題について、動画がフェイクではなく「実際に撮影された映像である可能性が高い」と見解を明らかにした。
件のドローンの侵入を迎撃できなかったどころか、そもそも探知する能力すらないことが発覚したわけだ。慶應義塾大学SFC研究所上席所員で安全保障アナリストの部谷直亮氏によると、この事態は、日本の安全保障における三つの危機を象徴しているという。いったいどのような問題に関連してくるのか。氏の見解を紹介する。
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小型ドローン1機でイージス艦が5~6年は使用不可能に
第一の危機は、自衛隊のドローンについての知見不足、分析能力の怪しさが明らかになり、抑止力が皆無になったことだ。
筆者は、ドローン研究者としての知見、名うてのハッカー“量産型カスタム師”による分析、横須賀関係者への取材を総合した結果、わずか数時間程度で動画がフェイクではなく事実だと見なし、 先日の拙稿 にまとめた。
一方、防衛省は少人数の数時間程度の分析と似たような結論を、それから1カ月後に発表するに至った。ドローン・AI・デジタル映像といった社会実装の進む民生技術に対する理解が決定的に不足しているのではないかと疑問がもたげる。納税者としては、これでは企業の説明の真偽を見抜けずに、低性能のAIやシステム機器をボッタクリ価格で売り付けられかねないといった不安も生じる。
また今回の攻撃は自衛隊がドローンの迎撃能力どころか探知能力すらないことが発覚した意味でも深刻な懸念となりかねない。何故ならば、市販の民生用小型ドローン1機であっても、自衛隊の戦力発揮に重大な支障を引き起こしかねないからだ。
例えば海上自衛隊であれば、イージス艦のSPYレーダーに対して小型爆弾を投下するなり、自爆すればその護衛艦の敵目標探知能力は大幅に低下する。護衛艦全般であれば、ミサイルの誘導に使うレーダーたるイルミネーターを破壊すれば、護衛艦はミサイルを命中させることが困難になる。
特に深刻なのは、これらの部品に余裕がなく、イージス艦が5~6年は使用不可能になりかねないことだ。5月16日の日経新聞で防衛省関係者が「護衛艦のレーダーが損傷すれば5~6年は使用できなくなる」とコメントしているが、この発言は事実の可能性が高い。
通常こういった換装を前提として、平時では破損しない――その意味で自衛隊は今も戦争を前提にしていない――構成品は補用部品をストックしないのが一般的になっている。特にイージス艦の心臓部であるSPYレーダーともなれば非常に高価で代替部品がなくても不思議――実戦を想定すれば不思議だが――ではない。
標的がレーダー以外の場合であっても一大事だ。
艦橋を破壊すれば、艦内のCIC(戦闘指揮所)が無事であっても出航は困難になる。護衛艦の出航に不可欠なタグボートを破壊してもよい。特に護衛艦『いずも』は飛行甲板が張り出している為に、使用できるタグボートが限定され、これをドローンで破壊すれば、いずもの出航に重大な支障をきたす。
“やりたい放題”の状況だった
なお、量産型カスタム師らの見解によれば、おそらく以下の図のように米空母や駆逐艦を撮影し、その帰りに海上から侵入して護衛艦「いずも」を撮影するルートを辿ったものと思われる。これは今回使用したと思われるドローンMavic3のバッテリー容量を考えれば十分に可能だ。
つまり、やりたい放題の状況にあるということだ。
数人程度の工作員グループが、小型爆弾を積載した小型民生ドローン・偵察ドローンを横須賀基地等に侵入させ、停泊する艦艇のレーダーや艦橋を爆撃し、日米の海上戦力を長期にわたり機能不全に追い込むことすら可能だ。動画が投稿されたことで、そうした事実を全世界が認識したということになる。
分析能力は怪しく、一個人の操縦するドローンの侵入を迎撃どころか探知すらできない。もはや日本の対ドローン攻撃の抑止力は危機的なレベルに低下した。
2017年から不審ドローンへの対処を要望していた米軍
次に指摘しなければならないのは、いずもドローン模擬攻撃事件が日米同盟に深刻な影響を与えかねないということだ。今回の映像には、空母エイブラハム・リンカーンやアーレイ・バーク級イージス艦などの米艦艇も高画質で映っている。
さらに、米軍は2017年11月、キャンプシュワブでヘリの進路妨害となっているなど、在日米軍基地に不審なドローンが接近している危険な状態を解決してほしいと当時の防衛大臣に強く要望していた。
しかも、その際にハリー・ハリス太平洋軍司令官は「無人機が在日米軍基地へのテロ攻撃の道具に使われかねない」「無人機が軍用機に衝突する危険性がある」とも危惧したという。まさに今回のいずもドローン模擬攻撃事件は、かねての米軍の不安が具現化したものと言えよう。
当時、在日米軍のスポークスマンだったジョン・ハッチソン空軍大佐は米軍準機関紙「星条旗」の紙面で「我々はしばしば小型ドローンが在沖米軍基地の敷地を飛んでいるのを見かける。重大な懸念になるほどの頻度だ」と述べており、既に2017年の時点で沖縄の米軍基地では不審ドローンの飛行が頻発していたことが分かる。
米軍が絶望してもおかしくない
それにもかかわらず、7年が経過した今になっても、何ら事態は改善しておらず、今回の事件に至ったということになる。深刻なのは、平和安全法制以後、自衛隊は在日米軍の装備を防衛することを事実上約束していた点だ。
つまり米側に対し、日本側は平和安全法制でグレーゾーン事態でも米軍を守れると主張している。しかし、現実には、ドローンによる攻撃を阻止どころか探知できていない。
これは米側をして、金城湯池であった在日米軍基地の安全性に深刻な懸念を呼び起こしかねない。
米中関係が危機的になった場合、もしくは中国が台湾侵攻を決意した場合、在日米軍の戦力を機能発揮させない為に、中国側は市販の民生用小型ドローンや部品から自作したドローン――困ったことに知識があれば容易にドローンは製作できる――で攻撃を仕掛けてくる公算が高い。それにもかかわらず、7年前から問題視していた事態を日本側が放置し、なんら改善もされていないという現状が全世界に示されたのだ。米側が日本のドローン対処能力に失望どころか、絶望してもおかしくはない。
緊張が高まった時点で、米側は適当な口実を設けて、日本に展開する空母打撃群や航空戦力を洋上なりグアムへと後退させる可能性もある。そうなれば日米間の不信が高まるだけでなく、米軍の戦力が後退することで抑止力も低下しかねない。
自滅した戦略コミュニケーション
最後が情報戦の危機だ。
量産型カスタム師の分析によれば、今回の犯行は「ウクライナ軍と同様にDJIのドローンをハックして同社のGeoフェンス(飛行制限区域で飛行を管理する機能)を突破してはいるが、条件が揃えばそこまで難しいわけでもなく、飛行自体もずば抜けて上手いわけではない。さらに動画編集にしても情報戦という観点のテクニカルさは感じられない。さらに自ら複数犯であるかのような写真をXに投稿したりと、目立ちたいという欲求が見え隠れするイタズラ目的にも見えなくもない」ということで、1人もしくは2人以上の複数人による愉快犯の可能性が高い。つまり中国政府が背後にあるとは考えにくい。
今に至るも自衛隊施設への組織的と目されるドローン侵入は相次いでいるにもかかわらず、それらの映像が出てこないことからも明白だろう。
中国政府側からすれば、自衛隊側が面子を理由にドローン侵入を公表しないのをいいことに不断の侵入を継続し、いざ有事直前に奇襲攻撃をしかけたいというのが人情だろう。
それが今回は開けっぴろげで行われた。さらに、海幕やフジテレビや朝日新聞がフェイク説を匂わせる度に、いずもドローン模擬攻撃動画を撮影したと思しき人物は、米艦艇などの新しい動画を次々と公開した。
これは中国からすれば日本の警戒態勢と軍改革を加速させかねない悪夢だ。
実際、台湾は金門島守備隊への中国市民のイタズラ目的での侵入を契機に、ドローン前提軍へと脱皮している。中国側は日本の同様の対応を恐れているとみるべきだろう。しかし、防衛省は今回の動画に際して、フェイクの可能性を強調し、1カ月間右往左往した挙句、自爆したようなかっこう。これではデジタル民生技術が前提となった情報戦に対応していけるか疑問だ。
ドローン危機にどのように立ち向かえばいいのか
このように今回のいずもドローン模擬攻撃動画によって、3つの深刻な危機が起きていることが分かった。それではこの危機を如何にすれば克服できるのだろうか。
ドローンの迎撃態勢を万全とし、公開での実働演習を繰り返し、実際に侵入を探知し、情け容赦なく叩き落すことしかない。これによって米国の信頼も回復し、抑止力も発揮され、情報戦でも逆転できるのである。
では、そうした体制を整えるためにはどうすればいいのか。
まず、ドローンによって、低空域と浅海域、そしてそれらとサイバー空間が結びついた新しい戦闘空間「空地中間領域」が開拓されていることを認識するべきだ。新しい低空域の戦闘空間における優勢を獲得するためには、不審なドローンを捕捉・識別・撃墜するプロセスの実現が必要になる。
捕捉については、総務省の過剰な電波規制が足かせになっている。規制によって対ドローンレーダーもドローンへの電波妨害装置も、射程が極めて低下しており、捕捉も撃墜もできない状況なのだ。そこで、筆者が提案するのは、自衛隊・警察・皇宮警察・海上保安庁といった治安機関及び原発などの重要施設を警備する民間警備会社に限り、電波法の枠外とすること。そのうえで、平時から規制外の電波を発する演習と試験を繰り返し、民間の電波障害の程度や発生しない方法を研究し、電波障害を最小に抑えつつ、安全保障を実現するバランスを見極めていかなければならない。
撃墜のフェーズでは、各国が既に試作品を展示しているような制空ドローンの開発が必要だ。例えばウクライナではパラシュート付きネットガンを装備――相手をネットでからめとり、パラシュートで安全に降ろす――したものや、体当たりして硬い翼で相手機体を切り裂く制空ドローンが投入されているという。
新しい産業革命を前提とした軍事組織と新戦術の必要性
民間のドローンを撃墜した場合の責任やメディアの反応を考えて、自衛隊側が撃墜を躊躇してしまっては元も子もない。
それだけに、ドローンの識別も重要である。
しかし、自衛隊は低空域における小型ドローンの空域管制がまったくできておらず、飛ばす部隊が無線機で本部に報告しているような有様。そのような状況で、どうすれば識別精度を高めることができるのか。
ヒントになるのはウクライナで運用されている、官民が一体となった通報アプリと低空域の航空管制アプリだ。前者は各市民がドローンやミサイルを目撃するとそれをスマホから通報できるようになっており、後者は通報内容やレーダー、各部隊の情報を総合し、一つの情報に整理統合ができる。技術を活用し、敵味方及び第三者のドローンの飛行情報を全部隊が共有することが重要だ。
ただし、それでも限界はある。イスラエル軍がガザ侵攻で撃墜したドローンの4割が味方のドローンだったという指摘もなされている。この意味で不審なドローンは即座に叩き落とし、それがメディアや工事用等の間違いであれば補償するような法制度の整備も急務だ。私たち国民の側も自衛隊の電波利用による瞬間的な障害やドローン撃墜を受容するべきだろう。
いずれにせよ、幕末がそうであったように新しい産業革命を前提とした軍事組織と新戦術を自家薬籠中のものとしなければ、阿片戦争や日清戦争で大敗した清朝の二の舞になりかねない。
(部谷 直亮)

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