妊娠の事実を誰にも知らせず、検診にも行かず、ひとり出産するー「孤立出産」ののち罪に問われる女性があとをたたない。
今年2月死産した男児を遺棄したとして起訴された20歳の女性が、痛みを感じ血まみれになってトイレで子どもを産み落とした当時の状況を法廷で証言した。
収入のほとんどを家族に送金、そして予期せぬ妊娠
死体遺棄の罪に問われているのは、ベトナム国籍の技能実習生グエン・テイ・グエット被告(20)。起訴状によると、2024年2月、福岡市にある交際相手の家で死産した男の赤ちゃんの遺体をビニール袋に入れ、ごみ箱に遺棄したとされている。
グエット被告はベトナムの家族を助けるため、2023年7月、技能実習生として来日し、福岡県内の企業で働いていた。
裁判での証言などによると、実家には両親と兄夫婦、弟と妹がいて、父と母が川で魚を養殖し生計を立てている。1日の収入は40万~50万ドン。(日本円で約2500円~3000円ほど)グエット被告によると、来日費用は、父がベトナムの家を担保に約2億ドン(約130万円)を借金し工面した。
来日後グエット被告は、残業代も含めて月13万円ほど受け取り、そのうち11~12万円を家族へ送金していたという。(ドンは7月11日のレートで円換算)
事件の約2か月前、2023年12月ごろ、グエット被告は妊娠していることに気がついた。初めての妊娠。来日前と後の健康診断では判明していなかったことだった。
「男児の遺体をごみ箱に捨てた」として死体遺棄罪に
事件が起きた日、グエット被告は、出勤したものの腹痛がひどく早退。交際相手のアパートに帰宅し、そして男児を死産した。
検察側は「誰にも知られずに男児の遺体をごみと一緒に処分しようと考え、キッチンばさみでへその緒を切断し、遺体をビニール袋に入れてごみ箱に捨て、さらにごみ箱を覗き込んでも遺体が見えないようにケーキが入っていた空き箱を被せた」と主張している。
なぜたった一人で…「怖くて誰にも相談できなかった」
8日、福岡地裁で開かれた4回目の公判では、「遺棄していない」と無罪を主張しているグエット被告が証言台に立ち、当日の状況を詳細に語った。
グエン・テイ・グエット被告(20)「妊娠に気付いた時はとても心配しました。ベトナムの父と母のこと。それと帰国させられると。とても怖くて誰にも相談できなかった。(送り出し機関などから言われていたのは)ひとつは『恋愛をしてはいけない』。『異性の所へ行き来するのはだめ』。日本に行く目的はお金を稼ぐことで妊娠してはいけないということです。中国人の技能実習生が妊娠して帰国させられた話もされました。」
「ごめんなさいと謝るばかりでした」涙ながらに語った事件当日のこと
弁護人や検察官からの質問は、事件当日のことにも及んだ。
弁護人 Q当日、交際相手の家に到着してからどうなった?
―とても痛くて水がいっぱい流れていたのでトイレへ行きました。おなかを抱いて前屈みになったら赤ちゃんが出てきました。座ったまま気を失いました。このままではいけないと赤ちゃんを抱っこして立ち上がって、また気を失ってしまいました。赤ちゃんは紫色で、目も開かず、泣かず、生きているようには見えなかった。「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣いて謝るばかりでした。
グエット被告は時折涙をぬぐいながら、大量に出血し、その後も何度も意識を失ったと語った。
弁護人 Qへその緒を切ってからはどうした? ―家中を回って赤ちゃんを入れるものを探しました。亡くなった赤ちゃんが寝るちょうどいいものを探したかった。
弁護人 Q出血を先にとめようとは考えなかった? ―考えることができなかった
弁護人 Q「捨てよう」「処分しよう」と考えた? ―いいえ。私の目の前にごみ箱しかなく、ごみ箱に赤ちゃんを入れました。
弁護人 Qごみ箱に遺体を入れた後、上にケーキの箱を置いたのはどうして? ―ベトナムのふるさとでは誰かが死んだら上にカバーする。赤ちゃんが亡くなってしまったので何かで覆いたいと思いました。
弁護側は、被告が事件当日、経験したことのない陣痛に見舞われて死産に至り、羊水や血液が滴り落ちる遺体を裸のままにしておくことはできないとビニール袋に入れたと説明。監理団体から「妊娠したら帰国となる」旨を繰り返し説明されていたことから、帰国させられないようにするにはどうしたらいいか考えながらも、体力の限界を迎え、すぐそばにあったごみ箱の上に遺体をひとまず置いたとして「遺棄にはあたらず無罪」と主張している。
例えばですが堕胎は考えなかった?―1度もないです。
続いて、検察官による質問が行われた。
検察官 Q交際や行き来が禁止されていたルールを破ることについては? ―先輩が監理団体などが脅かしているだけでそんなルールはないと。インターネットや新聞などを見ても。組合も信じなかった。
検察官 Q「妊娠したら帰国させられる」については信じていた? ―信じていました。
検察官 Q妊娠を両親に相談した? ―いいえ。
検察官 Qなぜ? ―心配をかけると不安だった。お金を稼げなくなると。
検察官 Q子供はどうするつもりだった? ―成長できるように食べたり飲んだりしていた。
検察官 Q育てるつもりだった? ―はい、そうです。
検察官 Q例えばですが堕胎は考えなかった? ―1度も考えたことはない。ひとつめの理由は私の子だからできない。ふたつめはキリスト教だから堕胎はできない。
検察官 Qどこで産むつもりだった? ―そこまで考えなかった。おなかが大きくなったらばれて帰国させられると思っていたからです。
検察官 Q妊娠発覚後、病院に行くつもりはなかった? ―行きたかったけど、お金がなくてどうしようもなかった。
検察官 Q誰かに相談することは? ―できなかった。技能実習生の先輩から病院に行きたければ監理団体・組合、通訳に連れて行ってもらうしかないと聞いていました。日本に来たばかりで借金がとても多く、言うことはできなかった。
検察官 Qどうしてごみ箱に遺体を入れた? ―何も考えることができず、目の前にはごみ箱しかなく、ごみ箱に入れました。
グエット被告は、「監理団体・組合と話して赤ちゃんを守ることができなくて申し訳ない」とも語った。
弁護人が「監理団体や組合に逆らってでも、子供を守るべきだったと思っている?」と尋ねると、はっきりとした口調で「はい、そうです。」と答えた。
「戻ってから埋葬する方法を見つけようと…」
8日の公判では、最後に裁判官が、病院に運ばれた後のことについて質問した。
これまでの公判での証言などによると、グエット被告は、血まみれで床に倒れていたところを交際相手の男性に発見され、病院に行っている。そしてそのまま入院し、警察に事情を聞かれ逮捕された。
裁判官 Q病院から交際相手の自宅へ戻ってくるつもりだった? ―はい。
裁判官 Q戻ってからどうするか考えていた? ―帰ることができたら、交際相手に説明したり謝ったり、他の人に相談したりして、赤ちゃんを埋葬するための方法を見つけようと思っていました。
グエット被告は時折涙ぐみながらも、終始はっきりとした口調で、およそ3時間にわたる公判を終えた。
死産した子の扱い 2023年最高裁の判断
技能実習生をめぐっては、2020年、ベトナム人技能実習生(当時24歳)が、死産した双子の遺体を段ボール箱にいれるなどして遺棄したとして死体遺棄罪に問われた。1審2審とも有罪判決を言い渡したが、2023年3月、最高裁判所は1審2審判決を破棄し、無罪を言い渡している。
裁判は今後、弁護側から意見書の提出などが行われ、論告弁論を経て、判決が言い渡される。
RKB毎日放送 原口佳歩
【参考】検察側が説明した事件の経緯と状況
検察側は事件の経緯や状況を次のように説明した。
【2023年7月】 グエット被告が食品製造会社で技能実習生として働き始める。
【2023年12月】 グエット被告は自分が妊娠していることに気付いた。勤務先に相談するとベトナムに帰国させられるかもしれないと思い、妊娠したことを周囲に相談できなかった。
【2024年2月2日】 グエット被告は博多区の勤務先に出勤したが、勤務中に腹痛に耐えられず午前10時ごろ早退。交際相手の家に帰宅した。その後、トイレで男児を出産した。死産だった。夕方、交際相手が帰宅すると、グエット被告がリビングの床に横たわっていた。服や床は血で汚れていた。交際相手は知人とともにグエット被告を病院へ連れて行った。その後、被告は別の病院へ緊急搬送された。グエット被告は病院を訪れた技能実習生を支援する組合の職員や警察官に、男児をごみ箱に捨てた旨申告した。警察官がその後、交際相手の家のごみ箱内から男児の遺体を発見した。
シリーズ:孤立出産で罪に問われる女性
交際相手の家のごみ箱に死産した赤ちゃんの遺体を遺棄したとして起訴され被告人となった、20歳のベトナム人技能実習生の裁判。技能実習生はなぜ孤立出産にいたったのだろうか。
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