6月20日、夕方6時半頃。男性は買い物に行こうと、アパート2階の部屋を出た。鉄製の階段を中腹まで降りた時のことだ。
「おぎゃあ」
か細く、弱々しい声だった。聞こえたのは、階段下の脇に置かれたゴミ箱の方向。猫でも紛れ込んだのかと、男性は蓋を開けて中を覗き込んだ。捨てられていた白いビニール袋の内側に、小さな腕が透けて見えた。力を振り絞るようにもう一度、「おぎゃあ」と声がした。
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へその緒がついた男児を隣のアパートのゴミ箱に遺棄
7月3日。警視庁捜査一課は、住所職業不詳の北川望歩(のあ)(22)を逮捕した。
「6月20日の明け方、北川は練馬区羽沢の知人宅マンションの風呂場で、男児を分娩。へその緒がついた男児をタオルと一緒にビニール袋に入れ、隣のアパートのゴミ箱に捨てると、蓋をして立ち去った。そのまま放置すれば男児が死亡した可能性は高く、未必の故意が認められると判断し、逮捕容疑は、保護責任者遺棄ではなく、殺人未遂とした」(捜査関係者)
犯行当日、練馬区の最高気温は29.4度。身長50センチ、体重約2900グラムの男児は、発見まで約12時間、暗く狭いゴミ箱の中に捨て置かれた。
冒頭の男性が振り返る。
「人間の赤ちゃんだと気づいて、すぐに110番通報しました。駆け付けた警察官がゴミ箱の中から取り出すと、赤ちゃんは裸で真っ赤。汗をかいて、ぐったりしていた。本能的に助けを求めたのでしょうか、よくあのタイミングで泣き声を上げてくれたと思います」
発見時、男児は貧血状態で、病院に搬送後、NICU(新生児集中治療室)に運び込まれた。幸い命に別状はなかったというが、
「救急車のストレッチャーに小さな体をぽつんと乗せられて、独りぼっちで運ばれていく姿は、とても可哀そうでした」(同前)
メンズ地下アイドルメンバーのトップヲタク
命をゴミ扱いした鬼畜母は4人組のあるメンズ地下アイドルグループのメンバーAの熱烈なファンだった。
「彼女は『のあち』の名で知られた、AくんのいわゆるTO(トップヲタク)でした。ライブの現場にせっせと通い、お金もたくさん使って応援する別格のファンということです。1枚1000円を払って推しメンと撮影できる『チェキ』というシステムがあるのですが、のあちは毎回、大量に撮っていました」(ファン仲間)
もともと兵庫県に住んでいた北川は、都内を拠点とするこのグループの“推し活”にのめり込むあまり、昨年秋に上京。本人のXを見ると、昨年9月には東京暮らしを始めていたことが窺える。転がり込んだ先が、男児を産み落とした練馬区の賃貸マンションだった。
「部屋にはもともと若い男性が住んでいて、金髪の女性(北川)や黒髪の女性が出入りしていました」(マンションの住民)
20代の男女4人で奇妙な共同生活
男性の部屋には、北川だけでなく、別の女性2人も同居。男女4人が奇妙な共同生活を送っていたのだ。
「全員20代で、同じ地下アイドルの追っかけ仲間だった。4人はワンルームの部屋に布団を並べて寝泊まりしていた。防犯カメラの分析から、事件前に腹部が膨らんでいた北川の存在が浮上。本人も『出産したことをバレたくなかった』と遺棄の事実を認めた」(前出・捜査関係者)
北川は妊娠39週に出産したとみられ、妊娠したのは、上京して間もない昨年10月頃になる計算だ。
「同居男性は、北川との肉体関係を否定。北川の妊娠には気づかず、太ったと思って、体形をからかっていたと。同居女性たちも同様に妊娠を知らなかったと話している」(同前)
推し活の費用を捻出するために体を売っていた
地下アイドルのファン仲間によれば、TOの北川は、推し活に月3桁万円の金を注ぎ込んでいたという。その費用を捻出するためか、
「北川は風俗やパパ活などで体を売っていたと認めている。結果、妊娠したと思われるが、その事実から目を背け、一度も医療機関を受診していなかった。出産した後も、嬰児の性別すらまともに確認せず、すぐに遺棄していた」(同前)
一方、北川が推すAのグループは、この7月中旬に解散を控えていた。北川は男児を捨てた4日後、Xで解散ライブへの参加を呼びかけ、その後も逮捕前日まで、Aと撮った大量の写真などを投稿し続けた。
〈Aだいすき~〉〈上半期ぜーんぶAだった〉
Aや運営側にも取材を申し込んだが、回答はなかった。胎内に宿った命より推し活を優先した北川。その罪深さを、これから噛み締めることになる。
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2024年7月18日号)