9歳女児が車の外に投げ出されて死亡…「身長150cm以下はジュニアシート」を絶対に守らなくてはいけない理由

2022年6月18日午後8時すぎ、広島県福山市内の交差点でフェラーリとワゴンRの事故が起きた。ワゴンRの後部座席にシートベルトを付けずに同乗していた9歳女児が、衝突の衝撃で車の外に投げ出されて死亡するという最悪の結果となってしまった。
ワゴンRを運転していた60代の祖父と、歩道を歩いていた60代男性も重傷を負った。120km/hで走行していたフェラーリは大破したが、ドライバーの30代医師にけがはなかった。
そして今年6月4日。広島地裁福山支部でフェラーリを運転していた医師に対して禁固3年執行猶予5年の判決が言い渡された。筆者はその日、福山地裁まで出向いて裁判を傍聴した。5年という最長の執行猶予がついたものの、実刑判決が下されなかったことを「大甘判決」と考える向きも少なくない。
どのような事故だったのか。なぜ女児は亡くなったのか。改めてお伝えしたい。
フェラーリはF8トリブート(新車価格3395万円)という車種で、日本では2019年に発売された。医師はこのF8を2022年5月に購入。事故が起こったのは購入から間もない時期だった。
医師は精神科医で事故当時は1日70名もの患者を診察していたという。そのストレスは相当なものだっただろう。筆者も家族に精神科医がいるので聞いてみたが、「若い医師でも1日50名が精いっぱい。30代で1日70名を診察する精神科医は聞いたことがない」と言っていた。
だからといってストレス解消のために120km/hで一般道を走ることは常軌を逸した行為であり、何ら擁護されるべきことではない。医師はスピードを出して走ることを好んでおり、速度違反を繰り返していた。
裁判を傍聴した帰りに、筆者は事故発生場所である交差点「学びの館ローズコム西」まで行ってみた。広島県道22号福山鞆線は、交差点部分が右折レーンを含めて片側4車線の広い道路である。約2kmほぼ直線で見通しもよい。その交差点で福山駅方面から光南町方面に直進していたフェラーリと反対車線から右折できると思ったワゴンRが衝突した。
フェラーリは、右折しようとするワゴンRの存在に「38.5m前」で気づき、急ブレーキをかけたが間に合わず、ワゴンRの左側面に衝突。その衝撃でワゴンRは交差点にある低圧分岐箱にぶつかって大きく損傷した。
ワゴンRの後部座席にいた孫の9歳女児はシートベルト未装着であったことで車外に放り出される形となり、現場近くにある太田記念病院に運ばれたが同日午後11時ごろに死亡が確認されている。
この事故では、ワゴンR運転の祖父も過失運転致死傷の疑いで書類送検されていたが、今年3月28日付で広島地検福山支部は不起訴処分としている。「情状全般を考慮」したことが理由だ。
書類送検された理由は、右折する際に前方をよく見ていなかったこと。また、判決の理由では触れていなかったが、9歳の孫にシートベルトまたはジュニアシートを装着させていなかった過失も考慮されたと考えられる。
この右直死亡事故を保険会社はどのような過失割合としたのか? 全く公開されていない情報であるため、筆者の知人である損保会社の幹部社員やベテランのアジャスターに過失割合や衝突時の状況をどう考えるか聞いてみた。彼らの回答をまとめると以下となる。
「右直の事故であれば一般的な過失割合は直進車20:右折車80。これを基本として速度や曲がり方などを検証した上で決められます。同乗の孫にシートベルト(ジュニアシート)を装着させていなかったことも過失相殺の対象になり、20%程度と考えられます。バイク事故でヘルメットを着用してない場合と同様です。
しかし、この事故ではフェラーリが制限速度(50km/h)の2倍以上の120km/hという速度を出していた事実があるため、過失割合は大きく変わってきます。
フェラーリは38.5m前で右折してくるワゴンRに気づいて急ブレーキをかけたとのことですが、120km/hは秒速33.333mです。38m手前での急ブレーキでは衝突回避は不可能でしょう。また、ブレーキが掛かり始めるまでの空走時間は判例などで平均0.75秒とされています。そこを考えると衝突時の速度は120km/hからほとんど落ちていなかったと思われます。
ワゴンR側にも落ち度はありますが、過去の裁判でも秒速33.3333mで走ってくるクルマの予見可能性は相当に低くなると判断されて過失割合は下がるでしょう。フェラーリのように車高の低いクルマであれば実際の位置よりも遠くに見えるためワゴンRも『右折できる』と判断を誤ったのでしょう」
この事故では事故直後も判決が出されたあとも、医師に対する激しい糾弾の声ばかりが上がっていて少々違和感を覚えている。なぜなら数々の報道を見ても、孫にベルトをさせていなかった祖父の過失について触れたものは皆無。これではまた同じような死亡事故が起きる可能性が十分にある。
避けられない事故だったとしても、ベルトを正しく着用していれば少なくとも車外に放り出されて死亡することはなかっただろう。
たとえフェラーリが制限速度の50km/hで衝突した場合でも、ベルトなしの乗員は想像以上に簡単に車外放出されてしまう。公益財団法人交通事故総合分析センターの調査でも、車外放出による死亡事故は時速40km/h程度の衝撃でも起こりうるとしている。車外放出を防ぐにはシートベルトの適切な使用が最も有効であることは言うまでもない。
また、一般道路であっても後部座席であっても、ドライバーにはすべての乗員にシートベルトを適切に装着させる義務がある。
一般道では高速道路のような罰則(違反点数1点)がないため勘違いする人も多いのだが、ベルト着用義務は一般道でも全席にある。ただし、子どもの場合、身長145~150cmを超えるまではジュニアシートの使用がマストだ。
シートベルトが正しく使える身長は車によって多少は異なるが、日本の自動車メーカーは全社、身長150cmのダミーを使ってシートベルトと衝突安全性の検証を行っているので、それ以下の身長では安全性が確認されていないことになる。それゆえ、自動車メーカーは全社、身長150cmまで使用できるジュニアシートを純正オプションとして用意している。
なお、ジュニアシートというと座面だけのブースターシートを想像する方が多いと思うが、このタイプは身長125cm、体重22kgを超えてからの使用が義務付けられている。それ以下の体格での使用は危険であるため、2017年に安全基準(ECE R44/04 S11)が改訂されている。
シートベルトが首にかかるような状態で着用すると、事故で激しい衝撃を受けた際にベルトが凶器となって頸動脈を切断し、即死する危険もある。背もたれのないブースターシートを指定体格以下の子どもに使うことはやめるべきである。
たとえ商品の説明書に「3歳~15kgから使えます!」と書いてあってもだ。(安全基準の改訂前に認可を受けた製品は体重15kgから使用できる、と記されている)
ベルト着用・非着用に関わらず、乗車中の事故によって死傷する小学生は年間1万人以上に上る。
夏休みに入り、子連れで車に乗ったり、実家帰省の折に祖父母運転の車で出かけたりする機会も増えるだろう。
距離や時間関係なくチャイルドシートの正しい着用はマストである。とくに祖父母や子どもがいない親戚の車は要注意だ。乗車中の子どもに対する安全への意識が希薄なので、わが子を乗せるときには親がしっかり説明して体格に合った適切なシートを用意するか、普段乗っている車から載せ替えることを強くお勧めする。
最後に、もっとも安全なジュニアシートの選び方について紹介する。
座面だけのブースターシートではなく、背もたれやヘッドサポートがついたものがベスト。ISO-FIX固定とは後部座席の背もたれと座面の間に設置された頑丈なアンカーにガチャっとはめ込むだけで確実に固定ができるので、ベルト固定のジュニアシートのようにずれたり動いたりする危険もない。
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(自動車生活ジャーナリスト 加藤 久美子)

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