ドラマより恐ろしい、本当にあった“地面師事件” 資産16億円超の女性地主が白骨遺体で発見された“まさかの場所”とは「隣家との間の45センチの隙間に…」

7月25日(木)に配信がスタートしたNetflixシリーズのドラマ『地面師たち』。2017年に実際に起きた「積水ハウス地面師詐欺事件」などをもとに、リアリティのある物語が紡がれていく。
原作小説の『地面師たち』(新庄耕・集英社)と合わせて、その主要な参考文献として話題になっているのがノンフィクション作家・森功氏による『地面師』(講談社)だ。筆者の徹底取材によって「地面師」の実態が明らかになるスリリングな1冊だ。
その中から、不動産業界に激震が走った「新橋白骨死体事件」の一部始終を紹介する。(全2回の1回目/ 2回目 に続く)
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新橋にテナントビルと一軒家を所有する一家
JR新橋駅烏森口を背に左側に広がるネオン街を抜け、マッカーサー道路を渡ったところにくだんの土地がある。持ち主である高橋礼子は、新橋で生まれ育った。もとはといえば、不動産取引を生業(なりわい)としてきた祖父が、新橋5丁目に土地を手に入れ、一家が移り住んできたとされる。
都内で教師をしていた父親が早くに亡くなり、不動産を相続した彼女と母親がそこで二人暮らしをしてきたという。木造2階建ての狭い家だ。彼女はその住まいから歩いて一分もかからないところにも土地を所有してきた。住所でいえば新橋4丁目にあたる。
そこには居酒屋やスナックの入居する四階建ての鉄骨づくりのビルと木造モルタルづくりの建物が建ち、彼女は文字どおりの地主として、土地を管理してきた。もっともそれらの建物はどれも建て直さなければ使えそうにないほど老朽化している。
たとえば1961年11月に建築された4階建てのテナントビルは築57年という年代物で、総床面積も110平米に満たない。したがって建物の価値はゼロだろう。
16億円を超える資産を相続した娘
だが、土地にはかなりの価値がある。底地131.26平米の公示地価は6億円を上回る。また一軒おいた隣の木造モルタルづくりの建物の底地も、38.40平米あり、2億円近い価値だ。4丁目の繁華街に所有してきた51坪の公示地価だけで、資産価値はざっと8億円という計算になる。
さらに自宅のある5丁目の敷地は182平米だから55坪ほどの広さがあり、公示価格換算だと、およそ8億5000万円になる。合計すると、彼女の資産は16億円を優に超える。しかも公示価格は実際の相場より低いので、資産価値はもっとある。
彼女はそれらの不動産を両親から相続した。4丁目の不動産登記簿をのぞくと、昭和35(1960)年7月6日の相続となっているので、父親はその頃に鬼籍に入ったのだろう。
彼女はそこから母親と二人暮らしをし、テナントビルの底地として得る賃貸料だけで悠々自適に生活できた。土地持ちの気楽さからだろうか、本人は母親の死後もひとりで暮らし、すでに年齢は59歳に達していたが、独身を貫いてきた。
都心の物件2つを所有してきた資産家であり、商店街でも有名だった。人も羨む素封家(そほうか)の娘である。
自宅と隣家のあいだで見つかった地主の白骨死体
2016年10月、そんな資産家の地主が変わり果てた姿で発見された。きっかけは警察の捜査だ。警視庁愛宕署の捜査員が、彼女の自宅と隣の家のあいだに、うつぶせに倒れている遺体を見つけた。
人間ひとりがかろうじて通れるわずか45センチ程度の狭い隙間で発見されたのが、当の高橋礼子の白骨遺体だったのである。
しかも気がつくと土地は何者かの手によって転売されていた。新橋の資産家になりすました地面師詐欺――。不動産業界でそんな情報が駆け巡ったのは、無理もなかった。
90年代初頭のバブル崩壊後、都心の不動産はしばらく塩漬けになり動きがなかった。が、2010年頃から、大規模な高層ビルプロジェクトが持ちあがった。
とりわけ東京駅周辺や銀座、新橋、虎ノ門あたりは大規模開発が目白押しとなり、不動産業界は沸き立った。
新橋の地主の怪死は、まさにそんなときに起きた。
母娘で暮らすには十分な地代…群がった地上げ業者
事件の経過を追う前に、まずは地主である高橋家の歴史と土地の状況を簡単に振り返っておこう。
教師だった父親が他界すると、高橋家が所有してきたマッカーサー道路から通り一本入った新橋4丁目の土地の一角に、4階建てのテナントビルが建てられた。
それが1961年11月のことだ。もともと残された母と娘には都心にテナントビルを建ててひと儲けしようというつもりなどなかったのだろう。ビルを建設したのは高橋家とは関係のない「有限会社吉川加工」で、同社がそのまま建物を所有し、テナントを入居させて高橋家に借地料として敷地の地代を支払ってきた。
一般に土地の賃貸料は固定資産税の3~4倍といわれる。新橋駅に近いこのあたりの地代は、安く見積もっても一坪あたり月額1万5000円以上する。平均的には2万円前後だ。ビルの敷地が40坪とすると彼女たちにはひと月80万円前後の地代が入ることになり、母と娘の二人で暮らすには、十分だった。
バブル期は50坪でひと月数百万もザラ
実際の地代はあくまで地主と借り主のあいだで決められるため、相場の何倍というケースもめずらしくない。とりわけ90年前後のバブル期の相場は50坪あれば地代がひと月数百万円というケースもざらだった。
だが、逆にバブル崩壊後は、そうはいかない。古ぼけたテナントビルは、櫛の歯が欠けるように店子が出ていった。東京都内で幅広くビジネス展開している、ある不動産ブローカーに会うと、新橋事情に詳しかった。こう話した。
「高橋さんはバブル崩壊後にも地代を倍に上げようとしたみたい。でも、ただでさえテナントが埋まらないビルのオーナーにしてみたら、値上げなんてとんでもない。それで揉めているうちにお母さんが亡くなってしまった。それでもともと賃貸業などやる気のない高橋(礼子)さんは新橋を離れてしまったのです」
母の死後、娘は「町内会費を滞納」「帝国ホテルなどを泊まり歩く」
本来、手元に現金があれば、建物の所有者に立ち退き料を支払ってビルを建て替える手もある。が、彼女にそこまでの事業欲があるわけでもなく、またその気もなかったようだ。くだんのテナントビル取引にかかわった不動産業者の一人、鶴橋保(仮名)が、こう打ち明けてくれた。
「高橋さんはちょっと変わった人でした。20年前にお母さんを亡くした彼女は帝国ホテルで一周忌の法要を済ませると、家を出ていったのです。で、近所の商店街との付き合いもしなくなった。町内会の行事に出てこないのはともかくとして、町内会費まで滞納するようになって町内会が困っていたそうです」
彼女は自宅に寄り付かなくなり、次第に生活が乱れていく。かつて高橋家の所有していた葉山の別荘なども放置し、放浪暮らしを始めた。新橋に近い帝国ホテルや東京プリンスホテルを定宿にし、渋谷のエクセルホテル東急にまで足を延ばして都内の高級ホテルを泊まり歩くようになったという。
その情報を嗅ぎつけたのが、再開発を目論む地上げ業者であり、地面師だった。
〈 〈ドラマで話題〉なぜ“地面師”は偽造パスポートまで作って「架空の引っ越し」を演出したか 新橋で起きた「女性地主白骨遺体事件」の驚くべき裏側 〉へ続く
(森 功/Webオリジナル(外部転載))

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