岸田文雄首相が退陣表明をしても日本の市場の反応はないに等しかった。株価もわずかに上下動しただけだった。世間的には、遅すぎた、という反応が大半だろう。世論調査での低支持率の原因は、ワイドショーなどマスコミに牽引(けんいん)された「政治不信」のブームだったと思う。政治資金パーティー問題はたしかに深刻かもしれないが、あまりに過大に喧伝(けんでん)された論点だったのではないか。
岸田政権については、外交や安全保障面の成果を挙げる人たちが多い。だが、安倍晋三政権以降の路線を基本的に継承し、あとは官僚組織に依存していたとみる方がわかりやすい。むしろLGBT理解増進法などは、先進7カ国(G7)広島サミットの開催に合わせて、あまりにずさんな形で国会を通過した。これは広い意味で、岸田外交の失敗であり、国内の分断を招いただけだ。
経済政策については定額減税を評価すべきだという意見がある。またガソリンや電気・ガス代などの補助金によるインフレ対策もあった。これらは確かに経済上のメリットはあった。その一方で、消費減税や再エネ賦課金の廃止、トリガー条項凍結解除など根本的な対応をとらなかった。岸田首相に財務省と闘う気骨がなかったからだろう。そもそも財務省に基本的に依存しているので、それは無理な注文だった。最近、内閣官房参与に前財務官の神田真人氏をあてたのは象徴的な出来事である。
岸田首相は経済政策について何の定見もない。簡単にいえば空洞である。彼の打ち出した「新しい資本主義」などさまざまなスローガンは具体的な中身を持つものではなかった。おそらくどの政権でもやれること、すなわち官僚の敷いたレールでの提言だけだ。
よく「人事の岸田」と評される。経済政策では、その真価が出たのが、植田和男氏を日銀総裁にしたことだろう。そしてその「真価」とは、日本の国民にとっては最悪の人事というものだ。アベノミクスの成果を全否定し、景気が回復する前に、金融引き締めに邁進(まいしん)する人物を総裁にした。長期停滞をもたらした古い日銀の体質が戻ってくることに、「人事の岸田」は大きく貢献した。
他方で日本経済を壊滅的な状態にはしなかった。財政規模も毎年度拡大した。そのため名目国内総生産(GDP)は過去最大になった。これは大きく評価すべきだ。緊縮政策をとらなかったということだ。来年度予算の方針も、経済成長の重視を決めて退任することになる。ただし今の日本には最低で20兆円、理想は30兆円の補正予算が必要だ。その決定は新総裁・総理に委ねられる。ポスト岸田は、一部の候補者を除き緊縮派がそろう。そこに日本経済の本当の危機が潜む。 (上武大学教授 田中秀臣)