処理水放出1年「岸田首相は偽情報対応の手練れだった」 ジャーナリスト・林智裕氏

東京電力福島第1原発処理水の海洋放出開始から24日で1年が経過した。原発事故など風評被害の実態を分析した『「やさしさ」の免罪符』(徳間書店)の著者で福島県在住のジャーナリスト、林智裕氏は産経新聞のインタビューに「非常時の偽情報は被災者を絶望させ、命を奪いかねない。デマには直接の反論と、希望を語ることが情報災害への対応の根幹だ」と述べ、能登半島地震も含めて政府の対応を評価した。
処理水を巡っては国際原子力機関(IAEA)の関与の下、安全性を確認した上で放出され、周辺海域で異常は確認されていない一方、科学的知見を度外視する形で活動家や一部野党議員から危険性が喧伝(けんでん)された経緯がある。

──放出開始から1年、風評被害は発生しなかった
「事前に風評被害は起きないと予想はしたが、岸田文雄首相をトップに偽情報に毅然(きぜん)と対応した布石があってのことだ。外務省は友好国の駐日大使館から福島の安全性PRに協力を得て、不安を訴える国々に根気強く説明した。例えば、ミクロネシア連邦は22年9月の国連総会で処理水放出に『最も深刻な懸念』を表明したが、わずか5カ月後の23年2月には『日本の技術力を信頼している』と姿勢を転じた。事前の対応が奏功した」
──中国の日本水産物の禁輸措置の影響は大きい
「深刻だが、風評被害とは別の問題といえる。政治的意図による問題化だ。一方、中国の禁輸により急落したホタテ価格は、わずか1年でおおむね回復した。外務省が東南アジアやメキシコなどで販路拡大したためと聞く。岸田政権の鮮やかな手腕といえる」
──処理水問題での知見は情報災害の対応全般に活用できるのか
「能登半島地震でも処理水同様、一部野党議員や著名人はミスリードで人々を扇動した。初動対応に過ぎない予備費を極めて少額として『あり得ない』とかみつき、発災直後から『限界集落は見捨てるべき』と主張し、無料・廉価で利用できる二次避難先のホテルや旅館の利用を政府が呼びかけた際に『そんな金あるか』と被災者の自己負担と誤解させる偽情報を流した」
「生活環境が大きく破壊された被災地にとって支援情報の伝達は生死を分けかねない。非常時に心が折れると健康被害の増加、災害関連死の増加を招くリスクがある。東電原発事故でも『汚染』の過大な喧伝が絶望を広め、自死や鬱、過剰な避難、家庭の崩壊などにつながった」
──政府の対応は
「石川県の馳浩知事も首相も言葉の端々や態度に、被災者を絶望させないための配慮が表れていた。偽情報対策にも首相は尽力した。名指しこそ避けたが、著名人がSNSで流した偽情報に関して『虚偽情報に惑わされないようお願いいたします。影響の大きいアカウントだから正しいとは限りません』(1月13日、Xで)と直接反論し、被災者に『希望を持てるよう全力を尽くす』(1月14日、Xで)と希望を語った。いまは命を守る、絶望させてはいけない、というのは情報災害対応の根幹だろう」
──首相への評価が高い
「情報災害への功績は見えにくく、未然に防いでも世論から評価されにくい。しかし、外交を良く知る首相は、偽情報対応に関しても手練れの名宰相といえる」
──処理水問題をいかに教訓にすべきか
「日本社会に混乱と停滞を招き陥れようとする『陥日(かんにち)』勢力の尻尾が丸見えになったのではないか。(慰安婦や南京事件など)歴史認識問題はタイムマシンがなく、事実共有が難しい面がある一方、処理水問題は現在進行形で『』をつき通そうとしているのは誰かが分かる。外国勢力と足並みをそろえ、偽情報を流した人と組織には、社会が説明責任を強く求め続けるべきだ」
──首相は次期総裁選に不出馬を決めた
「今や社会は偽情報とプロパガンダにあふれている。日本の発展や問題解決が不都合な勢力は当然これを利用する。外交と偽情報への対処にたけた首相の退陣は大きな不安要素になる。風評加害に毅然と対峙(たいじ)し、首相の功績を踏襲できるリーダーを新総裁に望みたい」(聞き手・奥原慎平)

林智裕(はやし・ともひろ) 昭和54生まれ。月刊誌「正論」やビジネス誌に寄稿。著書に『「正しさ」の商人』(徳間書店)、『「やさしさ」の免罪符』(同)。『東電福島原発事故 自己調査報告』(細野豪志・著/開沼博・編 同)では取材・構成を担当した。

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