過去最多9人出馬および決選での逆転勝利と波乱続きだった自民党総裁選。
事前には高市早苗氏有利とする評論家も少なくなかった。「積極財政」や「女性初の総理」への期待、また、唯一派閥の領袖である麻生太郎副総裁が支持に回ったと報じられ、票が上積みされるのではないかとの分析も飛び交った。
ところが、ふたを開けてみれば、決選投票は21票差で石破氏が逆転勝利をおさめた。意外と思った方も多かったようだが、実はテレビ中継の視聴率を分析すると、視聴者は投票前に軍配を上げていたことが浮かび上がる。
総裁選はどう見られていたのかを、TVS REGZA社「TimeOn Analytics」データで振り返る。
総裁選については、テレビ東京を除く全局が中継した。
ただし午後1時から4時まで中継し続けたNHK以外、民放は通常番組と特番を織り交ぜながらの中継だった。
視聴率のトップはNHK。
事件・事故・災害の際の特番に強いという評判は、今回3時間ほどの特番でも保たれた。ただし新総裁が決まる瞬間こそ断トツだが、その後は、視聴率は半減して急速に視聴者に逃げられ、1位の座を明け渡しており、記者の解説などが退屈に感じられたのかもしれない。午後3時台でNHKを上回ったのは、日テレ。見せ方が一枚上手で、「“へなちょこ”ばかりが出ている」といった元外相の田中真紀子氏の毒舌コメントが冴えわたった。
山場はやはり新総裁が選出された瞬間(午後3時23分)だ。その時間に向かって、NHKの視聴率は上昇基調を続けた。ただし右肩上がりでずっと続いたわけでない。数字が急伸する瞬間もあれば、逆に下落に転ずる時もあった。
NHKの番組が始まって、新総裁が選ばれるまでは144分。
この間に視聴率は3.3%上昇した。1分あたり平均0.023%上がり続けた計算になる。政局の決定的瞬間に向け、多くの人がテレビをつけ、しかもNHKを見にきていたのである。
とはいえ、数字が急落あるいは上昇が止まった局面があった。
これはNHK総合に入ってきた人と同等かそれ以上の人が見るのをやめたことを意味する。つまり、その瞬間に映し出された候補者の評価を示すいわば民意のバロメーターだったのである。
まずは候補者9人が視聴者にどう見えていたのかを示すシーン(以下、NHK番組)。
登場する順番の運不運は多少あるものの、ほぼ全員が16秒ほど話す「選挙当日の抱負」を並べたVTRが興味深い。
スタジオでキャスターが前振りをしてVTRは始まった。
トップバッターとなった高市氏は、開始10秒ほどで視聴率が急落した(0.07%下落)ことがグラフで一目瞭然だ。すでに説明した通り、同中継は1分あたりで平均0.023%視聴率が上がり続けていた。明らかにこの10秒ほどで、他のチャンネルに替えたか、テレビを消した人が一定程度いたことを示す。ただし、視聴者がNHKの演出(9人の候補者のVTRが並列的に出てくる)にNOと言った可能性もある。
それでも高市氏以降に出てくる8人の場合、人によって数字の上下があるところを見ると、視聴者は誰が何を話しているのかを評価していたことは間違いない。
2番目に登場した小林鷹之氏と4番目の小泉進次郎氏の16秒間は、基本的に下がっていない。特に小泉氏は上昇基調となった。とりあえず何を言うのか聞いてみようと、流出を踏みとどまった視聴者が多かったと思われる。
3番目林芳正氏・5番目上川洋子氏・6番目加藤勝信氏・7番目河野太郎氏・9番目茂木敏充氏は上昇しなかった。ところが、年配者も8番目の石破氏だけは、小泉氏と同じように右肩上がりとなった。興味を持った視聴者が明らかに多かったことを示す。
次は決選に残った高市氏と石破氏への視線を精査してみよう。
実は番組が始まって間もなく、両者は比較的平等にNHKのカメラが映し出していた。1回目の国会議員による投票の時で、自席から壇上に向かい、投票用紙に記入し投函、その後席に戻る途中までを両者ともに1分以上映されていた。その間には2人それぞれに解説がつけられた。
両者が登場する平均視聴率には差があった。
石破氏が7分ほど先に投票に向かったためだ。この間に中継特番を見始めた人は増えており、結果として両者の平均視聴率に差が生じた。
注目すべきは平均ではなく、視聴率増減の傾向だ。
図表3のグラフにある通り、石破氏は映し出され始めてから自席に戻り始めるまでにじわじわ数字が上がった。解説を聞きたい、あるいは石破氏の表情や緊張ぶりを画面から読み取りたいと思った人が少なくなかったということだ。少なくとも石破氏の1分強で、離脱する人は多くはなかった。
ところが、高市氏は異なった。
登場から自席に戻ろうとするまでの1分弱、視聴率はほぼ横ばいのままだった。すでに触れた通り、この間に流出者がいなければ視聴率は上がっていたはずだ。つまり流入者と同じだけ見るのをやめた人々がいたということだ。
総裁選の直前、市場は円安株高に動いた。
経済界では「戦略的な財政出動」「日銀利上げに慎重」を掲げた高市氏の首相就任に期待した結果だった。ところが円安株高現象は、いわばラウドマイノリティの声に過ぎない。一般大衆というサイレントマジョリティは、高市氏を評価していなかった可能性が高い。
1回目の投票で1~2位となった両候補。決選投票の前に演説をすることとなったが、ここでも明暗が分かれた。
前述したが、時間を追うごとに視聴者数が増えたので、先に演説した石破氏のほうが平均値は低い。それでも石破氏が演説した5分間はほぼ右肩上がりとなった。
一方で高市氏の途中まで4分間は微増にとどまった。流入者が多い中での微増とは、やはり流出者が一定程度いたと推定される。
ところがその後、高市氏の数字が急伸する。
実はNHKの中継に限らず、民放各社の中継でも同じタイミングで上がっていた。つまり、ここでテレビを見始めた人が一定程度いて、演説中の高市氏に関するSNSを発信したようなのだ。
「演説になると薄口でうそ臭くなる」
「しらじらしい演説している」
「話題があっちこっち飛んだ上に薄っぺらい」
「高市のこの演説で大丈夫か日本」
こうした意見がXに飛び交った後に、視聴率が急伸し、そして再び横ばいとなった。
そして高市氏の演説後に、さらにネガティブな声が増えた。
「ん? 高市、時間オーバーかよ」
「素人目に見ても時間配分も構成も微妙だった」
「まるでヒーローインタビューみたくなってしまっていた」
「石破の演説は国民に向かっての演説、高市の演説は自民党議員に向かっての演説」
実際に投票したのはテレビ視聴者ではなく国会議員や党関係者だ。
それでも画面を介して視聴者が感じた思いは、会場で聞いていた国会議員や党関係者の中にも共有した人がいただろう。期せずして直前の石破氏は「ルール遵守」の重要性を訴えたが、直後に高市氏が時間オーバーの警告を受け、中途半端に演説を終えた。
有利との下馬評も、最終的には21票差で逆転された高市氏。会場にいた国会議員はテレビを見ていないので、VTRでの発言などは関係ないが、決選投票直前の演説では、視聴者と同様に国会議員の判断を変えた可能性もある。演説を通じて表れた「存在感」が今回の鍵だった可能性が高く、画面からにじみ出ていたものを多くの視聴者もしっかり感じ取っていたようだ。
———-
———-
(次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト 鈴木 祐司)