※本稿は、鈴木エイト・古谷経衡・小川寛大・窪田順生ほか『自民党の正体 亡国と欺瞞の伏魔殿』(宝島社)の一部を再編集したものです。
今次の衆院選で旧安倍派の議員が続々と落選したが、とはいえその中枢はしぶとく生き残っている。高市早苗や小林鷹之、萩生田光一、西村康稔(萩生田と西村は無所属当選で自民会派入り)らは衆院選を乗り切ったが、その他の右派系議員の多く――つまり、ネット右翼に支持される少なくない政治家――は参議院議員であることである。
例えば、青山繁晴、小野田紀美、片山さつき、山田宏、和田政宗などといった議員は先の総裁選で高市の推薦人となった者も多く、全員が参院選出である。とりわけ参院全国比例から当選している者が多い。だから、衆院旧安倍派は痛打をこうむったが、他方参院の旧安倍派系は無傷で温存されており、心臓部はむしろそちらにあるのではないかということだ。
この理由は選挙制度の構造からくるものである。
ネット右翼は、筆者の調査では全国に少なくとも200万~250万人(有権者の約2%)存在している。その多くが都市部に集積しているが、小選挙区では有権者数が20万~50万人の母数となり、1区ごとに影響を及ぼすのは投票率を加味すると、せいぜい数千票程度になる。大接戦ではその限りではないが、小選挙区の帰趨(きすう)を決するほどの力をネット右翼が持っているわけではない。
その証拠に今次衆院選では、まさにネット右翼から大きく支持された日本保守党が河村たかしの小選挙区で1議席を獲得したが、それは河村の名古屋市長としての知名度に過ぎず、その他の小選挙区ではすべて落としている。
同党はそれ以外に比例ブロック(近畿、東海)で計2議席を獲得したが、有権者の2%程度のネット右翼は投票率が高く、全体投票率が50%強しかなければ、単純計算で投票数に現れるのは3%台~4%未満である。
日本保守党の比例得票合計は約114万票で、有効票の約2.11%となり国政政党に昇格した。この数字はすべて、私による「ネット右翼2%説」を裏付けるものである。
つまり全国の都市部に遍在するネット右翼の「本当の実力」が発揮されるのは、小選挙区ではなく比例区となる。
衆院選の比例ブロックは地域ごとの区分けで、しかも政党名式である一方、参院選は全国比例の個人記名式を採用しているので、参院選比例こそネット右翼のまとまった集票力が発揮できる独壇場になる。つまり、ネット右翼などに大きく支持される旧安倍派議員は、このような選挙システムの都合上、参院選全国比例からの選出が必然的に多くなるわけだ。
また、今次の衆院選で福井1区から当選した自民党の稲田朋美がそうであったように、初めネット右翼から期待され寵児(ちょうじ)となったのに、LGBTQへの寛容姿勢など進歩的な政治姿勢に転換していった事例は、本人の思想転換というよりも衆院選の小選挙区制度の事情ということもある。
20~50万人で構成される小選挙区は、地方議会と区割りが重複している場合もあり、いわば「街の生活者の目線」が要求される。歴史修正主義や反中など、突拍子もない天下国家論は、小選挙区の有権者には受けない。
だから小選挙区で勝ち上がってきた衆院議員の多くは、一部を除けばその政治姿勢は「中庸」に調整されるきらいがある。しかし「街の生活者の目線」を気にする必要がなく、全国に天下国家論をぶつことで個人票が入る参院全国比例候補は、ネット世論と相性がよく、畢竟(ひっきょう)ネット右翼とも相性がよくなり右傾化し、いつしか安倍派の土台の一部を形成するに至った。
来夏の参院選では、参院自民党に大量に残った旧安倍派の「残党狩り」が始まるのかと思うところだが、そう単純ではない。参議院は定数が衆議院より少なく、1議席の重みが相対的に大きい。だからこそ来夏の参院選こそが石破にとっての「本丸」であり、「総決戦」なのだ。裏金議員だからといって、簡単に非公認とすれば予想外の敗北に直結しかねない。
この事情を慮(おもんぱか)って、郵政選挙で自民党を離党した参議院議員らを復党させたのが第一次安倍政権(2006年)だったが、有権者には「小泉改革の後退」と映ったのか、直後の参院選の結果は惨敗に終わった石破が参院選でも裏金議員の処置を適切にできるのかは、議席数の問題もあり微妙かもしれない。
まして今回の衆院選終盤で「しんぶん赤旗」に暴露された党支部への2000万円支給問題などを繰り返せば、またも裏公認との誹(ぞし)りを受けよう。
ともあれそのような背景を見越して、今次衆院選で不出馬を表明して一旦下野した杉田水脈が、来夏の参院選出馬に意欲を燃やしているのである。
石破にとっては、大量の旧安倍派議員が残存する参院での選挙をどう制御し、自公で参議院過半数を死守するのかが、政権が長期になるか否かを占う最大の難関と言える。参議院でも旧安倍派議員の多くを完全な非公認とし、小泉に倣って刺客などを立てれば、「大坂夏の陣」よろしく旧安倍派――清和会は完全な落日を迎えよう。
では旧安倍派議員の支持基盤となっているネット右翼の動向は今後どう変わるのか。
ネット右翼界隈は岸田政権下で成立したLGBT理解増進法を「反日・売国の悪法」と糾弾しており、爾来(じらい)、岸田政権を呪詛(じゅそ)し続けてきた。表面上はこの法律が成立したことを奇貨として、百田尚樹らが率いる日本保守党が誕生したのである。
9月の総裁選で石破が高市に競り勝つはるか前から、彼らは石破を「安倍晋三の敵」と見做して徹底して攻撃の対象としてきた。
事実、2012年の自民党総裁選では安倍vs石破の戦いが行われたし、2018年の総裁選でも安倍との一騎打ちを石破が演じた。清和会の天下であった第二次安倍政権下において、たしかに石破は「党内野党」と言わしめられたが、一方で自民党幹事長として君臨(2012~14)し、初期の第二次安倍政権を支えたことも事実である。
だがそのような事実をネット右翼は加味することなく、石破政権になった現在でも『Will』『Hanada』の二大保守系雑誌とその周辺に集積するネット右翼論客のほとんどは、石破への執拗な攻撃の手を緩めていない。
外交安全保障だけをみれば、日米地位協定の改定やアジア版NATO構想、米領グアムへの自衛隊基地建設など、高市よりよほどタカ派的に思える石破の政治思想は(もっとも、衆院選の敗北で石破のタカ派色はより一層、鳴りを潜めざるを得ないだろうが)、ネット右翼には関係がない。
ネット右翼が安倍や高市ら清和会系議員を支持するのは一種の「ファン贔屓(びいき)」だからである。
これはいったんファンになったアーティストやアイドルを、どんなことがあっても応援し続け、貴重な私財と時間を惜しげもなく投入し続けるコアなオタクときわめて似ている。だから実際の安保政策を比較検討するという発想が彼らにはなく、ファンになった政治家にとことんついていく世界観の中で、それと対立した石破は彼らの中で永遠の敵であり続けるのだ。
今次の衆院選は、第三次角福戦争による経世会の勝利という意味で歴史的であった。
だが、自民党全体が単独過半数をはるかに下回る意味でシュリンク(縮小)したこともまた事実である。長期的な視点に立つと、来夏参院選の次は2028年夏の参院選である。経験則で言えば、2027~28年に衆議院の解散総選挙が行われよう。石破が負けたからといって、間髪を入れずに再度の総裁選と衆院解散の実行は、公明党の支持母体の高齢化を考えても不可能と思われるからだ。
衰えたとはいえ、残った清和会系の主力は参議院を牙城にしているとは既に述べた。永田町の明日を、しかも長期のスパンで予測することはできないものの、仮にひと政局あって高市が復権し、高市政権が誕生する可能性も否定できない。超タカ派、ネット右翼礼賛の第二次安倍政権を超える清和会系の復権が、またぞろ足元に忍び寄っているとも言える。
自民党の党員は、2009年~12年の民主党政権による野党期で60数万人まで減少した。それが第二次安倍政権を通じて復調し、2024年現在は約110万人程度といわれる。要するにここ10年強で50万人が新たな自民党員になったわけだ。
自民党は毎年、党員獲得上位の議員を公表しているが、その上位は青山繁晴、高市早苗、片山さつき、杉田水脈などのネット右翼に好まれる議員がずらりと並んでいる。
雑駁(ざっぱく)な計算では、この増えた50万人のうち、半数か若(も)しくはそれ以上がネット右翼的な傾向を持つ党員であろう。9月の総裁選で高市が党員・党友票で109票と、石破の108票を上回ったのは、このような背景がある。
さすれば、有権者全体でみれば数%のマイノリティに過ぎないネット右翼は、自民党総裁選においては党員票に対し数割(おそらく3割前後)もの力を持っている大きな勢力となる。
今後の総裁選は、ネット右翼の声を黙殺することができない情勢になる。そのたびに一旦沈降したかに見える高市待望論は「いつでも」再沸騰し、石破政権を内部から食い破る潜在因子となり得る。
ただしその場合でも少数与党の枠組みは変わらないので、再沸騰の可能性は高いわけではない。だが当然ゼロとは言えない。退潮したとはいえ、あえて「ポスト石破」を挙げるとすれば、2024年の段階では、いまだ高市であろう。
たとえこれまでネット右翼を勧誘してきたこれらの議員が下野しても、一度党員になった者は党員費を遅滞なく収め続ければ総裁選での有権者となり続けるのだ。議員は時の運によって消える運命だが、党員はそう簡単に消えない。
石破にとっての潜在的危険因子とは、すでに自民党の奥深くに入り込んだネット右翼という数十万人の党員にほかならないのである。(本文中敬称略)
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(文筆家 古谷 経衡)