2023年12月3日午前0時7分過ぎ、東京都板橋区徳丸の住宅街。東武東上線の線路と並行する一方通行の路地沿いに、2台のワンボックスカーが停止した。東武練馬駅と下赤塚駅の中間あたりで、間近に狭幅の踏切がある。
ほどなく、踏切警報機が音を響かせながら明滅を繰り返すと、遮断機の内側に侵入する人の影。同日0時8分台、ダイヤ通りに走行する池袋行き上り電車のヘッドライトが、線路上に立って両手をあげた男性の姿を照らし出す。運転士は慌ててブレーキを踏み、車両を急減速させたが、間に合わなかった――。
間接的な殺人事件とみて逮捕
「ドーンって変な感じの音がして、ギーッと電車のブレーキ音が響きました。しばらくして救急車が来ましたが、ここは人身事故がよく起きる場所なので、ああ、またかと」(近隣に住む女性)
1年後の2024年12月8日。警視庁は東京都小平市の塗装業「エムエー建装」(以下、M社)社長の佐々木学(38)、島畑明仁(34)、野崎俊太(39)、岩出篤哉(30)ら4容疑者を、殺人と監禁の容疑で逮捕した。昨年12月、電車に跳ねられて死亡したのは、M社の元従業員だった高野修さん(当時56)。捜査当局は1年前の人身事故が、佐々木らによる間接的な殺人事件だったとみて、逮捕に踏み切ったのだ。
警視庁の捜査関係者が明かす。
「被害者の死因は多発性外傷。事故発生の時刻、自分の足で歩いて踏切をくぐり、線路内に立ち入っていたため、当初は自殺と思われた。ところが、現場周辺の防犯カメラを確認していくと、直前に被害者を降ろし、跳ねられた後に走り去った不審車両が映っていたことが分かり、捜査を開始。浮上したのが、M社の4人だった」
事件の当日、M社の車両で被害者を踏切そばまで連れ出したのは、島畑と野崎だった。
「2人は逮捕前の任意聴取で『高野は車を降りたいと言って、自分から車の外に出ていった』と供述しているが、現場に乗りつけた車は、被害者が電車と衝突するまですぐそばに停車したまま、成り行きを見届けていた。
社長の佐々木は現場にいなかったが、M社は社長の佐々木をトップに強い上下関係が構成されていて、理不尽な〝内輪ノリ〟も横行している小さな会社。その中で、被害者は日常的にイジメや暴行を受けていた。挙句の果て、4人は共謀し、事件の前夜から、高野さんを車内に監禁、電車に飛び込むしかない精神状態に陥らせ、死に追いやった。これが殺人行為にあたると判断した」(同前)
歪んだ職場内ヒエラルキーの犠牲となった高野さんは、北海道函館市出身。地元の公立高校を中退後、塗装会社などで働き、20代半ばで上京した。日雇い労働を含め、土建業などを転々とし、塗装業を営む佐々木のもとに流れ着いたのは、約10年前のことだ。
苛烈な暴行をグループLINEで共有し…
「被疑者らは任意の聴取で、高野さんについて『仕事が遅いんですよ』といい、暴行については『トロいので、教育の一環だった』と釈明。一方で、被害者は、『次にまた迷惑をかけたら死にます』といった趣旨の誓約もさせられていたようだ」(同前)
生前の高野さんが受けてきた仕打ちは、苛烈を極めた。
「被疑者らのスマホを解析した結果、高野さんに危ないプロレス技をかけたり、火傷を負わせたりするなどの暴行動画や写真が複数残っており、それらがグループLINEで共有されていた。被害者が負傷した患部を写した生々しい画像も残っていた。高野さんは医療機関を受診した際に、『自分で怪我をした』と説明し、被害を訴えていなかった。虐待は徐々にエスカレートし、被害者の肛門に棒を突っ込むなど、強制わいせつに相当する悪質な行為もあった」(同前)
「職場では奴隷のような扱いを受けていた」
高野さんは2020年でいったん佐々木の会社を辞め、生活保護を受けていたが、2021年に復帰。昨年10月末で雇用保険を打ち切られると、個人事業主としてM社と関わっていた。
別の捜査関係者が語る。
「被害者の両親はすでに他界しており、結婚歴もなし。遠方に一人きょうだいがいるようだが、身近に相談相手もおらず、寄る辺ない境遇だった。板橋区にあるM社が借り上げたアパートに住んでいたが、職場では奴隷のような扱いを受け、給料もろくに支払われず、住まいと食事を管理されたうえ、暴力支配によってマインドコントロールされたような状態になっていた」(同前)
そして事件前日の23年12月2日夜。佐々木ら4人は、板橋区内にある高野さん宅を訪れた。4人による暴力に怯えていた高野さんは、言われるがまま近くのコンビニの駐車場に連れ出され、島畑の車の中に監禁された。
「その後、島畑と野崎の車2台は、荒川にかかる笹目橋に向かっている。23時50分頃、被害者は橋の上から飛び降りるよう迫られたが、車から降りようとしなかった。次に向かったのが、3キロほど先にある現場の踏切だった。道中、野崎が『川は無理でも線路ならいけるだろう』といった内容の発言をしている。佐々木と岩出はコンビニで別れて帰宅していたが、車内監禁から自殺を装った殺害行為までを認識していたとみている」(同前)
高野さんの死に関して、殺人容疑で逮捕された4人は、直接手をくだしたわけではない。だが、彼は逃げる気力すら奪われ、強制的に人生を終わらせられたのだ。警視庁が1年を費やした執念の捜査は、高野さんの無念を晴らすことができるか。
(「週刊文春」編集部/週刊文春 電子版オリジナル)