「明らか」=「合理的な疑い」
裁判所の変化の兆しを示すのは、相次ぐ再審開始決定だ。
昨年3月には昭和41年の静岡県一家殺害事件で袴田巌さん(88)の再審開始が決まり、後に再審無罪が確定。今年10月には、昭和61年に福井市で起きた女子中学生殺害事件で懲役7年の判決が確定していた前川彰司さん(59)に対する再審開始決定が出た。
刑事訴訟法は、無罪を言い渡すべき「明らかな証拠」が新たに見つかった場合に限り、再審の開始を認めている。
袴田さんと福井市の事件に共通するのは、裁判所が「明らかな証拠」と認定したものが別の真犯人を示す証拠ではなく、犯人であることに「合理的な疑いを生じさせる証拠」だった点だ。
福井市の事件を巡り名古屋高裁金沢支部は10月、確定判決の決め手の一つとなった被告の知人の証言の信用性を否定。前川さんを犯人とするのに「合理的な疑いを超える立証がされていない」とした。
袴田さんの再審開始を決めた東京高裁も、犯行着衣とされた衣類に関する新たな証拠によって、犯人とするには合理的な疑いが生じるとした。
「限定解釈」で冬の時代に
再審開始の条件である「明らかな証拠」がどんな証拠を示すかについては、そもそも論争があった。
確定判決の事実認定に「合理的な疑いを抱かせる証拠」だとしたのは、昭和50年の最高裁決定。事件名から「白鳥決定」と呼ばれる。
この決定後、54~62年に死刑事件の再審開始決定が4件相次いだ。だが、その間に白鳥決定を限定的に解釈する最高裁調査官の論文が公表されたこともあり、死刑事件での再審は、袴田さんまで途絶えた。
「冬の時代」が続いた原因について、再審に詳しい鴨志田祐美弁護士は「検察側が再審請求審での証拠提出を絞るようになり、裁判所も判断が慎重になった」と指摘。
再審開始が相次ぐ現状について「裁判所が証拠開示を促すようになり、捜査機関が隠していた『無罪を示す証拠』が明らかになるケースが増えた結果ではないか」と分析している。
「不可解な動き」の真意は
一方で、検察の対応が変わってきているとする見方もある。
再審に関する審理は、再審を開くかを決める「入り口」である再審請求審と、判決を下す「出口」である再審公判の2つで行われる。
両方で厳密な審理が行われるため長期化しがちで、「詳細な審理は再審公判に絞るべきだ」とする指摘がある。
検察の変化は、袴田さんの事件での不可解な動きに現れている。
「入り口」である再審請求審で昨年3月、東京高裁が再審開始を決めた際には特別抗告を断念した一方、同10月から始まった「出口」に当たる再審公判では、有罪の主張を維持したのだ。
この動きは、有罪か無罪かの判断を争う主戦場を「再審請求審ではなく再審公判にするべきだ」とする考えを念頭に置いて、初めて説明が付く。
一連の検察側の対応は再審を開始しやすくしたともいえるが、無罪の可能性を精査し切らないまま、審理を再審公判に譲ったともいえる。理論的に「再審有罪」判決が出る可能性が高まることになる。
法務省が来春にも再審制度の見直しを法制審議会(法相の諮問機関)に諮問することを検討するなど、盛り上がる改正論議。再審手続きの改正には、「再審有罪判決の可能性」をどこまで絞るかという視点も求められる。(荒船清太)