死刑事件でも「簡単」な控訴取り下げ手続き 有効性の判断は精神状態焦点に 京アニ事件

36人が死亡した令和元年7月の京都アニメーション放火殺人事件で、自ら控訴を取り下げて1審京都地裁の死刑判決が確定した青葉真司死刑囚(46)の弁護人が、控訴取り下げの無効を求める書面を大阪高裁に提出したことが31日、分かった。平成以降最悪の犠牲者を数えた事件で、青葉死刑囚の控訴取り下げの有効性が争われることになった。過去に「無効」と判断された事例を踏まえ、死刑囚の精神状態などが焦点になりそうだ。
本人による控訴取り下げは、拘置所にある「控訴取り下げ書」の罪名、判決日などの空欄を埋め、署名・指印をして拘置所側に提出することで手続きができる。受理されると撤回はできない。
最高裁が示す無効の基準は、死刑確定という結果をもたらすことを理解する能力や自らの権利を守る能力を、当人が有しているか否かだ。
昭和50年代に神奈川県藤沢市などで5人が殺害された事件では、最高裁が平成7年、元死刑囚が「『世界で一番強い人』から魔法をかけられ苦しめられている」という妄想下で控訴を取り下げたと指摘。「自己の権利を守る能力を著しく制限されていた」と判断して無効と認めた。
一方、取り下げに踏み切った事情が「あまりに軽率」として、無効と判断された事例もある。
27年に大阪府寝屋川市の中学生2人が殺害された事件で、死刑判決を受けた山田浩二死刑囚(54)=その後改姓=は、拘置所内でボールペンの返却を巡って看守ともめ、その直後に控訴取り下げ書を提出した。
大阪高裁は、取り下げで死刑が確定することを忘れていたという疑念があると認定。こうした事情と死刑判決が確定する重大さを踏まえ、取り下げは無効と決定した。ただ、死刑囚はその後、再び取り下げ、裁判所は取り下げの意味を認識していたと認め、有効だと結論付けた。
青葉死刑囚は、1審で責任能力があるとされたものの、妄想にとらわれる「妄想性障害」は認定された。取り下げの有効性の判断では、取り下げの経緯や障害による影響の有無が検討されるとみられるが、検討方法は裁判所の裁量次第となり、「死刑事件には特別な手続きを保障すべきだ」との声もある。
甲南大の笹倉香奈教授(刑事訴訟法)によると、米国では死刑事件で本人が上訴の取り下げを求めた場合、裁判所が審問を開いて判断能力などを確かめる手続きが定着している。審問では精神科医の鑑定結果を聞くほか、弁護人や本人の意見も聴取される。
笹倉教授は「特別な刑罰である死刑を簡単に確定させられる制度は危うい」と指摘。米国のような手続きを制度化すべきだと訴えている。

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