ロッテで捕手として活躍した袴田英利(はかまだ・ひでとし)さんが2月8日に脳出血で死去していたことが30日、分かった。69歳。静岡県出身。葬儀は家族葬で済ませた。法大では「昭和の怪物」と呼ばれた江川卓とバッテリーを組み、ロッテでも「マサカリ投法」のエース・村田兆治の女房役を務めた名捕手だった。
関係者によると、昨年12月28日に軽度の脳梗塞を発症。通院で一度は治まったが2月8日に容体が急変し、息を引き取った。昨年10月には元ヤクルト監督の古田敦也氏のYouTube番組に出演し、村田の宝刀フォークをノーサインで捕球した思い出を回想。「常に緊張感があった。何とか止めないといけない」と語るなど、元気な姿を見せていた。
自動車工(静岡)から法大に進学。同学年の江川と2年時からバッテリーを組んだ。怪物右腕の剛速球を受け、扇の要として東京六大学リーグで5度優勝。77年ドラフト1位でロッテに入団した。78年に初めて先発マスクをかぶった試合から村田の球を受け、90年に同じ試合で現役を引退。通算215勝を挙げたエースを支えた。引退後は後進の育成に情熱を注いだ。ロッテ、西武でバッテリーコーチなどを歴任し、里崎智也を正捕手に育てた。22年に村田氏が他界した後は同氏の離島を巡る野球教室「離島甲子園」を継承した。
西武退団後の16年から2年間独立リーグでもコーチを務めた。「給料なんてあってないようなものよ。ただ、野球界に貢献したい」。2人の大投手とバッテリーを組んだ名捕手は野球を愛し続けた。
袴田 英利(はかまだ・ひでとし)1955年(昭30)8月13日生まれ、静岡県出身。自動車工(現静岡北)から73年ドラフト3位でロッテに指名を受けたが、入団せずに法大に進学。江川卓とバッテリーを組み、黄金時代を築いた。77年ドラフト1位でロッテ入団、90年に兼任コーチとなり同年限りで現役引退。通算成績は911試合で打率.231、38本塁打、231打点。ロッテでコーチ、スカウトを歴任し、14年から西武コーチを務めた。