2024年度から新設された、東京都・江戸川区の「空想係」。聞き慣れないネーミングや斬新さが話題を呼ぶ一方で、ネット上では「具体的に何をやるのか」「きちんとした運営ができるのか」など、厳しい意見も相次いだ。そんな空想係の初年度の活動について、実際の職員を直撃した。
【画像】始動して1年「空想係」の成果
注目を浴びた新設から1年…空想係の活動は
江戸川区は昨年3月末、2024年度からの組織改正として、経営企画部企画課に国内外の最新動向やアイデアの情報を収集し、区の取り組みに反映させることを目的として「空想係」を新設すると発表。
空想が仕事という独創性や、ユニークな名前はたちまち話題となり、同名称の組織ができるのは全国初とあって、複数のメディアでも報じられた。
しかし、ネット上には、区の内外から〈本気で空想に実効性があると思ってる…?〉〈外部人材と交流、連携する為だけに係必要か?〉〈エイプリルフールには少々早いと思うが〉〈成果物とかどんな感じで出すのか〉などと懐疑的な意見も続出。必ずしも歓迎一色とはいかず、厳しい船出となった。
新設された空想係はこの3月末、最初の1年が終わった節目のタイミングを迎える。全国初の組織は、初年度をどのように過ごしたのか。
椎名真雄氏が課長を務める企画課は、企画係8名と空想係2名で構成される。空想係は係長の築山類氏と榎本真希氏が属し、築山氏は4月からの新年度で異動。2年目は新たな体制で迎えるそうだ。
──単刀直入に、空想係ではどのような業務をされているのでしょうか? 椎名真雄氏(以下、椎名) 住民票や出生届の受理など、各部署には与えられた仕事があると思うんですが、空想係はあえてそういったものを明確にしていないんです。
一方で、業務のベースには、郵送やHPで集めた区民の声から2021年に策定した『2100年の江戸川区(共生社会ビジョン)』があります。
今後、人口や税収が減っていくことが予測されるなか、今日産まれた赤ちゃんが生きる2100年の江戸川区をよりよい環境にしようと、さまざまなことに取り組んでいます。その中で、区民の声を聞くというのは一貫して行なっていますね。
厳しい目が向けられた“成果”は?
──ネット上では、「税金を使う以上、空想という抽象的なものでは駄目だ」といった厳しい声も目にしました。何か成果物や具体的な活動などはあるのでしょうか? 築山類氏(以下、築山) 昨年の8月以降、計3回広報誌を作りました。これは「持続可能な江戸川区を作るためには、どのようにしていけばよいのか」を区民の皆さんとともに考えるために、区の考えをお示しし、広く意見をお伺いしてきました。
椎名 ほかにも、2100年という未来を見据えた話なので、「今の子どもたちにも聞いてみる」取り組みも行ないました。夏休みには、区内の小中学生120人くらいにご参加いただき、区の課題や自分たちにできることを考えるワークショップを開催しました。
また、児童・生徒に配布されているタブレットを活用して、区内の小学5年生から中学3年生に、今回の取り組みの解説動画をご覧いただき、アンケートに答えてもらう取り組みも実施しています。
──4月の始動後、広報誌やワークショップとして8月に形になったわけですね。準備としてはどんなことを? 築山 当初は「何が必要なんだろう」「何からやろう」など、本当に考えるところから始めました。ただ、ネーミングのおかげか、企業から「何をされているんですか?」「ぜひお話を聞かせてください」という声が多々ありましたので、そこはすべて行って意見交換いたしました。
椎名 公園をよりよくする団体とか、生涯学習を行なっている区内の大学などから「こういうプランがあるので話を聞いてください」というオファーもありました。上半期はとくに意見交換を行ないましたね。
実は、民間企業の中には空想を扱う部門があるところも。何かヒントが探せないかと、スタートアップ企業やデザイン会社など、お声がけいただいた会社にお邪魔したり、われわれからもお伺いしたりしていました。
──特に参考になった企業はありましたか? 椎名 “未来について空想する”という新聞を作っている企業があり、とても参考にさせていただきましたね。
本社にお邪魔して「どういうふうに作ってるんですか?」「製品開発はどうアイデアを出してるんですか?」など、何か役所にフィードバックできるものはないかお伺いしました。
──われわれも“空想”という言葉にとらわれていましたが、つまりは民間でいうところのコンサル的な業務なのでしょうか? 椎名 “考える”ということでいうとそうなのかもしれません。コンサルだと外注することになってしまいますが、それが江戸川区のアイデンティティとか、経験として職員の血肉になるかというと難しい場面もあるかと思うんですよ。
何もない中から職員がしっかりと考えるという、そのプロセスこそが空想係の仕事なのかなと思っております。
他の部署からは「係の名前で笑われ…」
──先ほどの子どもたちを巻き込むアイデアなど、“空想”はどう生まれるのでしょうか。榎本真希氏(以下、榎本) 子どものワークショップについては、空想係2名を含む企画課でアイデアを出し合いました。
椎名 企画課の職員がひと部屋に集まって、付箋に書き出してみたりしながらアイデア出しをしています。いわゆるブレスト(ブレインストーミング)的なよくある手法なので、やっていることは民間と同じだと思います。地道にアイデアを出し合うので、近道はないんだなとも感じますね。
──実際に区民からはどんな反響がありますか? ネット上では厳しい意見が散見されましたが……。 築山 たしかに、ネット上では厳しい意見を目にしましたが、実際に私たちに寄せられた声にはそうしたものはまったくありませんでした。お電話でも、むしろ興味を持っていただく区民の方が多くて。
他の自治体からは、空想や2100年への取り組みを参考にしたいと、九州から視察に来ていただいたところもありました。
──そもそも、空想係というネーミングはどのように生まれたのでしょう? 椎名 組織なので特定の名付け親がいるわけではないのですが、1番の理由はインパクトですね。あまり埋没した名前だと何をしているのかわかりづらいですし、「空想係」だと皆さんに興味を持っていただけるかなと。実際に反響もありましたから。
──他の部署からの評判はいかがですか? 榎本 係の新設時は、係の名前で笑われ、「実際に何やってるの?」とよく聞かれました。1年間空想係に従事させていただき、部署間の調整や実際に顔を合わせての説明を重ねるうちに、認知が進んできたと実感しています。
──最後に、今後の課題など、感じたことがあれば教えてください。 椎名 江戸川区には、正規職員に業務委託などを足すと2万人近くの職員がいます。そのみんなの頭で考えたことのフィードバックを、空想係がしていかないといけないと思います。
たとえば、空想係だけで何か考えても、プロの集団から見ると「それは違うんじゃないの」ということってあると思うんですよ。
なので、みんなで考えて「こういうやり方もありますよね」と、区をよりよくするアイデアを産み出していく、その流れを作る役目も担っているのかなと思います。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班