「石破さんは強気だ。コメをめぐって『進次郎劇場』(小泉農水相による効果)が絶大だったこと、それと、アメリカのトランプ政権との間で、7月4日の独立記念日頃までには、日米関税交渉がある程度まとまる可能性が出てきたことが大きいかな」
こう語るのは、自民党の中堅衆議院議員である。昨年秋の衆議院選挙で少数与党に転落し、普通なら、3月の今年度予算成立と引き換えに退陣してもおかしくなかった石破政権。それがトランプ関税のおかげで延命し、今は小泉氏人気で参議院選挙後も続投しそうなところまで持ち直している。
そんな中、飛び込んできたのが、消費税減税でもガソリン暫定税率廃止でもなく、国民に現金を一律給付するプランだ。それも、所得制限を設けず、「1人あたり2万円、住民税非課税世帯にはさらに2万円を上乗せ」して給付するというものだ。
このような条件が揃えば、いつ墜落してもおかしくないほど低空飛行を続けてきた石破政権は、一気に安定飛行に移ると筆者は見る。
筆者は今、複数のルートから入手した「参議院選挙の情勢調査の概要(調査日:2025年5月16~18日)」のコピーを目にしながら本稿を書いている。
A4用紙で18ページにもおよぶ調査結果は、東京・永田町や霞が関界隈で「自民党による情勢調査」と呼ばれるもので、与野党を問わず、参議院全選挙区の立候補予定者の当落予想が数字で示されたものだ。
全体を見れば、自民52、公明14の改選議席は、7月20日が有力視されている参議院選挙の結果、自民49、公明12の合計61議席になると予測している。
自公を合わせた非改選議席は75議席だ。これに61議席を加えると136議席となって、石破茂首相や自民党の森山裕幹事長が「勝敗ライン」としている過半数(参議院の定数は248議席なので過半数は125議席)を軽くクリアできる。そうなれば、石破政権は続投だ。
ちなみに、4月11~13日に実施された同調査では、過半数確保に必要な50議席を辛うじて超えた程度だった。
それが、わずか1カ月余りで上記のように改善されている。しかも、これらの数字は、小泉氏が農水相に就任した5月21日より前の調査結果である。
自民党の情勢調査は高めに出ることが多いので鵜呑みにはできないものの、4月から5月にかけての上昇傾向に加え、小泉氏主導による「コメ劇場効果」がプラスされれば、参議院選挙はもとより、その前哨戦として位置づけられる6月22日の東京都議会議員選挙も、自民党に好結果がもたらされると考えていい。
事実、自民党が5月に弾き出した都議選獲得議席では、現有25議席を9議席も上回る34議席と予想している。
これらの現象は、とても不思議なことだ。石破政権が発足して8カ月半が経過しているが、目ぼしい成果は皆無と言っていいからである。整理してみよう(図表1)。
喫緊の課題である物価高対策は見送りばかりで、国民が納得できるような結果は出せていない。
上記の他にも、皇族数確保に向けた「女性宮家」の創設や選択的夫婦別姓に関する議論は、与野党間で依然として噛み合わないままだ。
「石破さんは運がいい。江藤前農水相が問題発言をしてくれたおかげで小泉さんを起用し、その人気で支持率も回復してきているんだから」
とは、前述の自民党の中堅議員の言葉である。ただ、小泉氏は随意契約によってスピーディーに安く備蓄米を放出したことで評価されたにすぎない。ここ数週間、コメ全体の平均店頭価格(5キロ)は数十円単位で下落しただけで、問題だらけの農政改革にメスを入れるのはこれからという段階だ。
そんな中、政府・与党が選挙公約として盛り込もうとしているのが、前述した「全国民に1人あたり2万円、住民税非課税世帯には2万円を上乗せ」という現金給付だ。筆者の取材では、一時、「1人5万円を2年間=10万円給付」という案まで浮上していた。
しかし、現金給付というのは、消費税減税とは違って貯蓄に回りやすく経済効果は薄い。その財源も明確とは言えない。
石破首相は、6月11日の党首討論で国民民主党の玉木雄一郎代表の「選挙のとき現金配るんですね?また(国民に)現金配るんでしょうか」などという問いかけに対し、「侮辱はやめていただきたい」と気色ばんだが、2兆円近くの血税を与党勝利のために使う「なりふり構わぬ選挙対策」と言われても仕方あるまい。
年金改革に関しても、「基礎年金(国民年金)を底上げする」「パート労働者の年金受給額が増える」などと言えば聞こえは良いが、経営者は保険料負担が増え、厚生年金の積立金が基礎年金に流用されるといった懸念は消えない。
加えて、来年4月からは、子ども・子育て支援を目的に、1人あたり月額400円が社会保険料に加算して徴収され国民負担が増える。いわゆる「独身税」と揶揄されるものだ。肝心の外交も、トランプ政権との関係や韓国の李在明新政権との関係はどう転ぶか不透明だ。どう考えても、国民から見て加点要素はほぼない。
それでも選挙で自民党が優勢というのは摩訶不思議で、運がいいというほかない。
こうした中、注目されるのが、所属議員が50人以上必要とされる内閣不信任決議案を上程する権利を唯一持つ最大野党、立憲民主党の動きだ。
「うちは出せないよ。だって年金制度改革法案は立憲の案を自民党が呑んでくれたでしょ? あれで不信任決議案はなくなったと感じたね。日本維新の会や国民民主党が同調してくれるかどうか不透明だし、仮に出して可決されたら、衆参ダブル選挙になるでしょ。去年の衆議院選挙から8カ月で、参議院だけでなく衆議院まで戦う余力はないよ」(立憲民主党ベテラン衆議院議員)
不信任決議案を出すかどうかのヤマ場は、石破首相がカナダのカナナスキスで開かれるサミットから帰国し、天皇陛下の広島ご訪問(6月19日~)が終わった6月20日あたりになるだろう。
立憲民主党の中には、小沢一郎氏や江田憲司氏ら主戦派もいれば、枝野幸男元代表のような慎重派もいる。
そのはざまで、野田佳彦代表は、「石破政権とトランプ政権の日米の交渉が継続中であること」などを理由に「出さない」方向に傾き、党内から「代表は石破政権を信任しているのか?」「本気で政権を獲る気はあるのか?」といった反発を受けながらも、近く見送りを決めるのではないだろうか。
今国会会期末に向けて予想されるのは以下の4つのパターンだ。
現状では①が濃厚だ。仮に④のパターンになった場合、自民党内からは、首班指名選挙(首相を決める選挙)に、石破首相ではなく、再び人気者となった小泉進次郎氏を首班候補(首相候補)に担ぐという秘策も漏れ聞こえてくる。そうなれば、石破首相にとって、「庇を貸して母屋を取られる」リスクが生じる。
ただでさえ、参議院選挙で小泉氏が各地で自民党候補の応援に入れば野党にとっては脅威だ。自民党内では、「参議院選挙までコメにスポットが当たり、小泉劇場が続いていてほしい。他の争点が表面化せず、選挙は有利になる」(前述の中堅議員)との声が聞かれるほどだ。
もっとも、参議院選挙は1カ月以上先だ。小泉氏人気に陰りが見えたり、日米交渉が芳しくなければ、自民党と公明党を合わせて過半数に届かないこともあり得る。
その場合、石破首相は退陣し、連立の組み替えが生じる。「自公国」「自公維」、あるいは「立国維」になるのか、さすがにまだ見通せない。
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(政治・教育ジャーナリスト/びわこ成蹊スポーツ大学教授 清水 克彦)