最重度の身体障害なのに障害年金が支給されないって、なんで? ほぼ寝たきりになった58歳女性「不合理で納得できない」

大阪市に住む柴山恵里さん(58)=仮名=は2022年、新型コロナウイルスに感染した。それまでは会社員として普通に暮らしていたが、コロナ後遺症と背骨のゆがみなどで全身に激痛が走るように。どんどん悪化していき、車いすからほぼ寝たきりの生活になってしまった。身体障害者手帳は最重度の1級と認定され、国の障害年金を申請した。 ところが、支給対象の等級に満たないと判定され、「不支給」の通知が届いた。 「この状態で不支給って、なんで?」 理不尽に思えるが、記者が取材すると、障害年金の制度ではある意味、必然と言えることが分かった。背景には、制度の構造的な問題がある。(共同通信=市川亨)
日本年金機構の障害年金センター=4月、東京都新宿区
▽コロナに感染「まさかこんなになるとは」 柴山さんは現在、ヘルパーが常駐する大阪市内のマンションで暮らす。以前は別の市に住んでいたが、障害が重くなったため、支援が受けやすいここに引っ越してきた。 記者が訪ねると、柴山さんは介護ベッドに横になっていた。頭の周りに飲み物や薬などが置いてある。「手を伸ばせば取れるんですけど、ゆっくり動かさないと、痛みが走るんです」 コロナの後遺症でぜんそくがあり、背骨が曲がっていて肺が圧迫されているため、呼吸苦もある。話している間も時折、苦しそうな様子を見せる。「まさか自分がこんなふうになるなんて考えてもいませんでした」 柴山さんは小学生の時には水泳で全国大会に出場。高校では陸上で大阪府の強化選手になったこともあるスポーツ少女だった。 ところが、情報システムの会社で事務職として働いていた2022年、コロナに感染して生活が一変する。ぜんそくや倦怠感など後遺症で体力が急激に落ち、何度も転倒した。 翌年にかけ、全身の痛みや呼吸苦で数回、救急搬送された。背骨が後ろに大きく曲がっていることが発見され、「脊椎後彎」と診断された。食事も取れなくなって一時は体重が約20キロ落ち、36キロに。摂食障害や心不全で入院した。

▽年金申請、2回とも認められず 仕事は辞め、入院中に身体障害者手帳1級の認定を受けた。2024年に退院した後も手足にしびれがあり、体を動かすと激痛が走る。背骨の中を通る神経が圧迫されて痛みが起こる「脊柱管狭窄症」とも診断された。車いす生活になり、一時は生活保護を受給した。 柴山さんは2023年3月末までは会社に籍があった。障害年金は、原因となったけがや病気の「初診日」が会社員の期間であれば、支給額が多い障害厚生年金を受け取れる。 柴山さんは2022年に転倒後、救急搬送されたときを初診日として年金を申請。しかし日本年金機構は、「脊椎後彎」と診断された会社退職後の国民年金加入中の日付を初診日として、申請を却下した。 初診日が国民年金加入中の場合、受け取れるのは金額の少ない障害基礎年金になるが、柴山さんはやむなく再び支給を申請。ところが、今年7月に年金機構から届いた通知はまたも「不支給」だった。 障害年金は重い順に等級が1~3級となっていて、「基礎」の場合は1級か2級でないと支給されない。柴山さんは1級にも2級にも該当しないという判定結果だった。
柴山恵里さん(仮名)に届いた障害年金の不支給通知。「疼痛などによる影響」を理由の一つに挙げている
▽痛みによる障害は対象外と規定 障害者手帳では1級なのに、なぜなのか。 まず、手帳と年金は制度が全く別で、基本的には関係ない。手帳は各自治体が交付するが、年金は年金機構が審査する。審査では、手帳は参考にするという位置付けに過ぎない。 判定基準も異なる。厚労省が定める障害年金の基準では「判定要領」として、次のように定めている。 「疼痛(痛み)は原則として対象とならない」 年金機構が柴山さんに送った不支給通知も、この点を理由の一つに挙げていた。 判定要領では、神経の損傷による痛みなど一部の症状は認めることになっているが、その場合も最も軽い3級か一時金の支給としている。ただ、障害基礎年金は3級では支給されないため、柴山さんは仮に3級と認められても受け取れない。 なぜこのように定めているのか。厚労省は取材に対し明確に回答しなかったが、痛みの程度を医学的に証明するのは難しいためとみられる。つまり、誰かが「体が痛くて動けない」と言ったとき、それが本当かウソか客観的に立証するのは困難というわけだ。
◎障害年金 一定の障害があって条件を満たせば、現役世代でも受け取れる公的年金。障害の原因となった病気やけがで初めて受診した「初診日」が国民年金加入中の場合は、障害基礎年金。厚生年金加入中なら、障害厚生年金が支給される。障害の重い順に1~3級に分かれ、支給額は基礎年金の1級で月約8万6千円、2級で約6万9千円。「基礎」の場合は3級では支給されない。市区町村役場などで申請すると、日本年金機構に書類が送られ、職員が事前に審査した上で、機構の委託を受けた医師が支給の可否や等級を判定する。受給者は2023年度時点で約242万人。年間の支給総額は約2兆3千億円。
柴山恵里さん(仮名)の手足はやせ細っていた=9月、大阪市
▽内職するも収入は月1万円 その後も症状が悪化した柴山さんは現在、ほぼ寝たきりの生活。訪問介護と医師の訪問診療を受けながら暮らす。昨年、母親が亡くなって遺産があったため、今は生活保護は受けていない。 働く意欲はあり、ベッド上でできるチラシ折りの仕事を内職でしているが、不自由な手足では限界がある。収入は月1万円ほどだ。遺産を取り崩しているが、いつまで続くか不安を漏らす。 「現実に体を動かせないのに、障害年金を受け取れないのは不合理で、納得できない」。国に不服申し立てをして、審理中だ。 ただ、柴山さんは障害年金に頼って生活しようとは思っていない。「また自分で歩けるようになりたい。リハビリ施設に入って、痛くても頑張って集中的なリハビリを受けたい」。そう話した。
社会保険労務士の安部敬太さん=10月
▽厚労省は「基準改正の予定はない」 柴山さんのように、痛みによる障害で年金が受け取れない例は珍しいのか。 「いや、けっこうあります」。実態に詳しい社会保険労務士の安部敬太さんに聞くと、そう答えが返ってきた。 「確かに一部のケースは認められるが、判定は厳しい」と安部さん。「痛みなどで体を動かせなくて、体の機能が低下した『廃用性』の障害も原則、認められないという問題もあります」と話した。 どうすべきなのか。安部さんはこう指摘する。「痛みについては、本人の訴えが本当かウソか証明できないという難しさは確かにある。だけど、生活実態を調査すれば見抜けるはずだ。現在の判定基準が医学的な観点に偏っていることが根本的な原因で、基準を改正すべきだ」 厚労省に見解を尋ねると、こう答えた。「神経の損傷などによる疼痛(痛み)の場合は、頻度や強さなどの状態を考慮して判断している。3級や一時金相当以上の程度の場合は、さまざまな症状を総合的に見て判定している」 実は、柴山さんが障害年金を2回申請した2024年度は、全体的に不支給判定が急増していたことが分かっている。年金機構が審査したうち13・8%(書類不備などによる「却下」を含む)が不支給と判定され、2023年度の1・5倍に増えていた。年金機構が統計を取り始めた2019年度以降では最高だ。 共同通信の取材に応じた機構の職員は「2023年10月に人事異動で就任した障害年金センター長が厳しい考え方で、不支給が増えた要因になっている」と証言。つまり、恣意的に判定が厳しくなった可能性がある。柴山さんも影響を受けた可能性は否定できない。 厚労省は年金機構の判定に一部で問題があったことを認めていて、7月から順次、対応策を進めている。取材に対し「より客観的で公平な判定となるよう運用を改善しているところだ」と答えたが、判定基準の改正については「現時点で改める予定はない」としている。
厚生労働省が入る合同庁舎=東京都千代田区
▽取材後記 障害年金を巡っては、ほかにも不合理な仕組みがある。 例えば、まぶたの異常や極度のまぶしさを感じるため目を開けられないという症状を持つ人たちがいる。ところが、障害年金は基本的に視力や視野で判定する。こうした人たちは視力自体はあったり、そもそも目を開けられないため視力を測れなかったりする。そのため、実態としては全盲でも障害年金を受け取るにはかなりのハードルがある。 裁判で国の不支給判定がひっくり返ることもしばしばあるが、そのたびに厚労省は「あくまで個別の事案だ」として、制度や判定の仕組みを根本的に見直そうとはしない。そんなことがもう10年、20年続いている。

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