被災者守る「スフィア基準」、達成には民間の力が鍵…それでも「国の補助は欠かせない」

[東日本大震災]
雑魚寝、冷たい食事、トイレの我慢……。大規模災害のたび、被災者の生活環境を守る難しさや災害関連死の問題が生じる。避難所運営には給水、居住空間の確保が不可欠で、政府は国際赤十字などが示した最低限の「スフィア基準」の達成を目指していく。ただ、自治体の予算や担当職員が限られ、実現には民間企業やボランティアの力も鍵となりそうだ。
物資や空調、自治体で差
スフィア基準は避難所の運営について、「居住空間は1人当たり最低3・5平方メートル」「飲料水、生活用水合わせて1日最低15リットル」といった指標を設けている。政府はこの基準を2030年度、再生可能エネルギー設備の導入などについては35年度まで、それぞれ100%の達成を目標とする。2年前の能登半島地震と豪雨災害で、多くの災害関連死が出たことも教訓としている。
内閣府が都道府県や市区町村を対象に実施した24年の調査によると、災害用の備蓄は簡易ベッド(段ボール式を含む)57万5204台、毛布1472万1159枚などだったが、担当者は「自治体によって偏りがあり、課題は少なくない」と言う。寒さだけでなく、酷暑も予想されるなか、全国8・3万か所の指定避難所では、空調機器の確保率が暖房は78%、冷房は74%ほどにとどまる。
この先も「南海トラフ地震」「日本海溝・千島海溝地震」など大きな災害が想定されるが、総務省によると、全国市区町村のうち2割超に防災専従の職員がいない。財政上の理由などから、46都道府県の計433市町村で配置がゼロ。複数業務を兼任するケースが多く、初動の遅れや、長期化した場合に大きな負担となる懸念もある。
こうしたなか、企業の活用を求める声も出ている。佐賀県唐津市危機管理防災課の井上裕太主査は「災害時は必要な作業量も多く、職員自身が被災する可能性もある。避難所運営を任せられると大きな力になる」と期待する。
佐賀県や唐津市は、避難所運営の業務を請け負おうと模索する大手ゼネコン清水建設の社内ベンチャー「シェルターワン」(東京)と合同訓練に取り組んだ。昨年10月に建設事業者やボランティアらを指揮し、エアコン付きテント、食堂や温水シャワーなどを設置した。
シェルターワンは、自治体の資機材を活用した速やかな避難所設営システムの構築を進める。災害発生から48時間以内にトイレやキッチン、食事スペースを設置できるように長野県諏訪市、佐賀県伊万里市などとも訓練に励んだ。児島功社長(45)は「災害時は専門的作業が多く、自治体職員だけの力には限界もある。民間に貢献できる業務の範囲は広い」と強調する。
跡見学園女子大学の鍵屋一教授(福祉防災)は「自治体職員の負担軽減には、ホテル、老人ホームなど民間の知恵を活用することが望ましい。ただ、費用面で国の補助が欠かせない」と指摘し、避難の長期化を見据えて「ニーズの把握は自治体の本来業務で、すべてを民間任せにするのではなく、被災者の自主性も含め役割分担が必要」と語る。
イタリアは州にボランティア登録
イタリアでは大規模災害が発生した場合、国の「市民保護局」が司令塔となる。各州にも市民保護局があり、連携して被災地に物資や要員を送り込み、被災自治体を支援するという重層構造になっている。
実際に現場で避難所運営にあたるのは訓練を受けた専門のボランティアだ。医師は被災者の診療、土木技術者は避難所の設営、調理師は炊き出し――と、個人の職業技術を災害対応に生かす仕組みだ。
こうしたボランティアは全国で約30万人に上る。州に登録され、必要に応じて招集される。定期的に州などが実施する訓練を受け、全国レベルでの合同演習にも参加して有事に備える。
イタリアのボランティアは日本のような「善意の市民」ではなく、国家の災害対応能力の一部とみなされている。このため、交通費や保険料などの経費は公的資金で賄われる。仕事を休む場合は、雇用主に補助金が支払われる。
2009年のラクイラ地震で大きな被害を受けた中部アブルッツォ州が昨年実施した訓練にはボランティア約2000人が参加した。州市民保護局のマウリツィオ・シェッリ局長は「我々とボランティアは、いわばオーケストラだ。全員で一つの『曲』を奏でなければならない。普段から交流し、信頼や一体感を醸成することが大事だ」と語る。
台湾でも官民の連携が進んでいる。東部・花蓮の当局は18年の大きな地震で、避難所を整えるのに2日を要し、被災者から不満が出た。この反省を生かして民間団体や企業と災害に備えた訓練を行ってきた。
24年に花蓮で震度6強を観測した地震では、発生10分後に役所近くの小学校で避難所の開設準備を開始。民間団体を交えたLINEグループで情報共有を図り、避難所にプライバシーを保護できる仕切りを設けた。飲食店などは温かい食事を被災者に提供した。
政府がリーダーシップを
東日本大震災時は、紙管を柱と梁にしてカーテンを通して使う「間仕切りシステム」を避難所で使ってもらおうとしましたが、「前例がない」と断られるケースも少なくなかった。これを教訓に、震災後は71自治体と協定を結び、迅速に供給できるよう改善しました。
日本の避難所運営は遅れている。イタリアは備蓄資材に統一の規格があり、シェフが作る温かい食事が提供される。台湾はボランティアが熱心で、海外の被災地でも活動しています。
日本はそれぞれの被災者を取り巻く生活の質がバラバラ。そもそも運営する職員が被災している。専門性のある国の職員、ボランティア、民間企業による運営が望ましいと考えます。
ただ、国が統一したルールを作り、明確な目標を定めなければ実現できない。政府のリーダーシップが問われていると思います。
地方部 長谷裕太、ベルリン支局 工藤彩香、台北支局 園田将嗣、編成部 十河靖晃、デザイン部 石崎紬音が担当しました。

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