訪問介護の現場でカスハラ深刻化
埼玉県川口市の住宅でケアマネジャー(介護支援専門員)の女性が血を流しているのが見つかり、その後死亡した事件で、女性が玄関内で住人の男に襲われたとみられることが、県警への取材でわかった。同県では4年前にも医師が訪問先で殺害される事件が起きており、訪問診療や介護に従事する人たちへの安全対策の必要性が改めて浮かび上がった。(さいたま支局 斎藤秀、徳原真人)
訪問介護の安全対策、課題に
県警の発表によると、死亡したのは同市末広、介護支援専門員鈴木希代子さん(63)。鈴木さんを襲ったのは住人の無職男(60)とみられる。
男は1日午後3時頃、「ケアマネジャーの首を切った。これから自分も刺す」と110番。駆けつけた警察官が、玄関内で血を流して倒れている男女を発見した。2人とも首に傷があり、搬送先で死亡が確認された。県警は男が鈴木さんを襲った後、自殺を図ったとみている。司法解剖の結果、鈴木さんの死因は首を切られたことによる失血死だった。男は90歳代の母親と2人暮らし。県警幹部によると、鈴木さんは男の母親の訪問診療に付き添うため、医師と複数回、この家を訪れていた。
男は110番の際、「お金をだまし取られたので、殺そうと思った」と話した。また、捜査関係者によると、男は以前から「親族の口座から金がなくなっている」などと周囲に伝えていたが、母親ら親族がお金をだまし取られた事実は確認されていないという。2人の間にトラブルも確認されていないことから、県警は男が一方的な思い込みで鈴木さんを殺害したとみて調べている。鈴木さん方近くの20歳代女性は、子供の大きな声が迷惑じゃないか尋ねた際、「耳が遠くて聞こえないよ」と穏やかに言われたことが忘れられない。「優しい人だったのに」と話した。
同県ふじみ野市でも2022年1月、在宅医療を担う医師が患者の家族に散弾銃で撃たれ、殺害された。この事件後、県は患者やその家族から受けた暴力などの相談に応じる専用の窓口を開設していた。
大野元裕知事は2日の記者会見で「対応はしてきたが、命に関わる仕事をする方々が身の危険を感じないような措置を検討していきたい」と話した。
ケアマネの3割がカスハラ経験、うち7割は「利用者の家族から」
ケアマネジャーの業界団体「日本介護支援専門員協会」(東京)は2日、柴口里則会長名で、「事件はいかなる事情があるとしても、断固として許されるものではない」などとする声明を出した。
利用者宅を訪れ、生活支援を行う訪問介護の現場では、利用者や家族からのカスタマーハラスメント(カスハラ)が深刻化している。協会が2024年11~12月に行った調査では、ケアマネジャーの約3割が過去1年間に、言葉の暴力や精神的な攻撃などを経験していた。「誰から受けたか」を複数回答で尋ねると、約7割は利用者の家族などで、利用者本人は約4割だった。
川崎市のケアマネジャーの女性(60)は訪問の際、泥酔した家族にどなられたことがあり、一度帰って訪問を改めたこともある。「密室に一人で入るので、正直こわい」と話す。
日本ホームヘルパー協会(東京)の松下みゆき会長は「現場はただでさえ人手不足。事件によって、私たちの仕事に対する『怖い』『難しい』というイメージが加速しないか」と気をもむ。トラブルがあっても、我慢してしまう職員も多いといい、「一人で抱え込まずに職場内で共有できる態勢作りや、研修制度の創設が必要だ」と訴えた。
個人宅を訪問する医療・介護職を巡っては、ハラスメントへの対策として、2人以上で訪問した場合の人件費を介護報酬などで算定できる制度がある。
ただ、小規模な事業所は、2人目の職員の確保が難しく、申請手続きも大きな負担だ。医療・介護現場の暴力対策に詳しい関西医科大学の三木明子教授(精神保健看護学)は「トラブルのある訪問先の情報共有や危険を事前に回避する研修のほか、警察や関係機関への通報や相談など、事業所の組織的な対応が大切になる」と話す。