「その時 激震の現場から」〈下〉
7月28日の熊本地震で震度7の揺れに襲われた熊本県氷川町役場。人口1万人余りの町は、真夏の災害対応の難しさに直面した。
「外に出れ――」。役場1階にいた藤本一臣町長(67)は強い揺れに叫んだ。役場内にいた100人ほどの職員は全員、屋外に避難。電波状況の悪化で携帯電話はほとんど使えず、停電も起きていた。30分ほどで庁舎内に戻ると、キャビネットなどが倒れ、資料が散乱していた。
その後、町幹部らによる打ち合わせが行われたが、議事録を残す余裕もなく、時間ははっきりしない。
町民からは「避難所は開かないのか」という問い合わせが相次いだ。余震が続き、避難所の建物の安全性が確認できない。停電でエアコンも使えない。
藤本町長は「建物の中は暑くなりかえって危険だ」と、避難所開設を見送ることを決めた。
「エンジンをつけて車中泊をお願いします」。町は防災行政無線でそう呼びかけ、学校の校庭などを開放して職員を配置した。
庁舎内では、職員が手分けして、備蓄物資を出したり、町施設の被害状況を確認したりした。その間にも、各地域の消防団からは、家屋の損壊や道路の亀裂などの被害情報が電話などで続々と寄せられた。
ベテランの男性職員は「消防団とのやり取りや支援物資の受け入れなど、あらゆることをこなさなければならなかった。パニック状態だった」と打ち明ける。
家屋の被害は、全体の3分の1にあたる1200棟超に上ることが後に判明する。
県外の自治体からの応援職員として、佐賀県職員の植松隆さん(30)が役場に到着した。氷川町の職員に必要な支援を聞き取り、今後避難所を開設した場合に被災者対応に人手が必要だと感じ、佐賀県庁に応援職員を要請。同日中にさらに4人が現地に入った。植松さんは「自分から情報を取りに行くことを意識した」と振り返る。
被害状況の調査のため町役場に着いた大分大減災・復興デザイン教育研究センターの板井幸則客員教授(68)は、駐車場に車が並び、車中泊をしていると知って驚いた。
エンジンをつけていなかった高齢男性に話しかけると、「エンジンをかけたら燃料がなくなる。暑くても耐えるしかない」。板井さんは「気をつけて」と声をかけることしかできなかった。
地震発生から25時間余り。電源車を確保するなどして冷房が使えるようになり、10の指定避難所のうち一般向けの3施設を開設した。職員数が限られるため、施設数を絞った上での対応だった。車中泊の呼びかけはやめたが、町民の中にはプライバシーを確保したいなどの理由で車中泊を続ける人もいた。
7月30日夜、同町の自宅駐車場で車中泊をしていた70歳代の女性が熱中症の疑いで亡くなったことが確認された。熊本県によると、ガソリンが切れ、エアコンは停止した状態だった。
藤本町長は「尊い命が失われたことは残念でならない」としつつ、「町民を無理やり避難所に連れてくるわけにもいかない」と悩ましい胸中を打ち明ける。
町には、スポットクーラーといった夏用の備蓄品もなかった。「真夏の災害への備えが行き届かなかった。今後、季節に応じた避難対応を考えていく」と語った。(山本光慶、関理一郎)
能登地震では応援職員11万人
災害時に業務が逼迫する自治体を支援しようと、総務省が2018年に始めたのが「応急対策職員派遣制度」だ。
同省が事務局となって被災地以外の自治体を派遣元として割り当て、応援職員が避難所運営や罹災証明書発行などの支援を行う。災害の規模が大きくなれば、一つの被災自治体に対し複数の自治体が派遣元になる。24年の能登半島地震では延べ11万人以上が送り込まれた。今回の熊本地震でも、6日時点で700人以上が派遣されている。
応援職員の受け入れに伴う課題もある。石川県輪島市など能登の被災自治体では、被害が甚大で業務の差配に苦労したという。
兵庫県立大の紅谷昇平教授(危機管理)は「小規模自治体は自前でこなせる業務量の限界を把握し、どの業務を応援職員に任せるかを想定しておくべきだ。被害が深刻な自治体では、災害の対応経験が豊富な派遣元が取りまとめ役を担うなどの態勢作りが求められる」と指摘する。(柳沼晃太朗)