東京五輪の新設施設に新たな役割、学びの場や企業の開発拠点に…都の振興策奏功し稼働率堅調

コロナ禍で延期された2021年の東京五輪・パラリンピックから5年。東京都が新設した競技施設は今、子どもたちの学びの場や企業の開発拠点という新たな顔を見せる。民間の力も借りた都の振興策が奏功し、稼働率も堅調に推移している。ハコモノ批判から、「負の遺産」との悪名がつきまとってきた五輪会場のイメージも変わりつつある。(村上藍)
人口激流
東京大会のカヌー会場となった「カヌー・スラロームセンター」(江戸川区)は国内で唯一、激流や渦を人工的に作り出せる。日本ライフセービング協会が夏に開いた水辺の事故防止教室には300人超の親子が参加した。
埼玉県三郷市の小学6年の児童(12)は「思ったより速くて戻れなかった。経験を海で生かしたい」と話し、同協会副理事長の松本貴之さん(51)も「危険な流れを安全に再現できる無二の施設」と評価する。
ボート競技の舞台だった「海の森水上競技場」(江東区)は、先端技術の研究拠点にもなった。都が無償貸与し、岩手県の新興企業「炎重工」は海に浮かぶごみを回収するロボット船などの実験場に選んだ。同社の谷崎敦さん(49)は「長く自由に使える水域は貴重」と感謝する。
走行中の電気自動車に給電できる舗装の研究など、これまで23件の提案が採択され、開発が進められている。都スポーツ施設部の石原慎部長は「大会のレガシー(遺産)として、都民の暮らしを豊かにするために役立てたい」と話す。
大会招致
スポーツ大会の招致も順調だ。7月には「大井ホッケー競技場」(品川、大田区)で、女子ラクロスの世界選手権が開かれた。海の森でのパラカヌーワールドカップを来年に控え、瀬立モニカ選手は「都心に近い会場で多くの人に見てもらえる。カヌー界を盛り上げるチャンス」と期待する。
25年度に6施設で開催された競技大会やイベントは計1152件。うち競技大会は245件あり、22年度の118件から倍増した。国際大会の誘致費を助成する都の後押しもあり、30年時点の目標だった年間200件をすでに上回った。
負の遺産
過去の五輪では、大会後の施設維持が開催都市の重荷となる事例が続出した。1998年長野冬季五輪の会場「スパイラル」(長野市)は利用が低迷し、2018年に製氷をやめた。04年のアテネ五輪では巨額の支出が国家財政の悪化を招き、一部の施設は使われないまま放置された。
東京大会で約1600億円をかけて新たに整備された国立競技場(新宿区)は、25年に民営化され、ネーミングライツ(命名権)も導入した。同年度の利用者数(231万人)や稼働日数(171日)は目標を3割前後上回ったものの、約28億円の最終赤字を計上している状態だ。
都の6施設のうち、コンサート会場にもなる「有明アリーナ」(江東区)からは25年度、6億円超が都にもたらされた。運営を民間企業に委託し、利益を企業側も受け取れる仕組みを採用しており、集客の動機付けにつながっている。6施設の年間来場者数は目標(310万人)の9割に迫る。
残る5施設の管理費に都は年間9億4000万円を支出するが、同アリーナの収入と相殺され、実質的な負担額は3億3000万円。22年度の6億5000万円から半減している。
大会前に都の会議で後利用策を検討した大和総研の鈴木文彦主任研究員は「利用状況は良好。施設の周辺にはにぎわいも生まれ、金額だけで測れない効果も出ている」と評価する。一方で、新幹線や道路網が整備された1964年の東京五輪と比べて成果の形が見えにくかったと分析し、「健康増進や街づくりへの寄与を『見える化』し、積極的に発信していく姿勢が都には求められる」と指摘する。
◆東京五輪・パラリンピック=コロナ禍で延期・無観客となり、2021年7~9月に国内43会場で分散開催された。五輪で日本勢の獲得メダル数は金27個を含む58個と過去最多。大会組織委員会がまとめた最終報告によると、大会経費は1兆4238億円で、開催前年の想定予算を2202億円下回った。都はうち5965億円を負担した。
「助け合い精神」を醸成
8万人ものボランティアが支えた東京大会は、「助け合い精神」の醸成にも一役買った。大会後に都が設けたサイト「東京ボランティアレガシーネットワーク」には、1万5000人が登録する。
募集団体と希望者をつなぐマッチングサイトで、7月の熊本地震では募集枠を大きく上回る応募があった。東京パラに協力した経験を生かしてマラソン大会の運営にボランティアとして携わる京都市の公務員、山口政隆さん(49)は「ボランティアの敷居は低いと多くの人に伝えていきたい」という。
恩恵は競技団体にも及ぶ。日本武術太極拳連盟(東京)は大会の運営にボランティアの手を借りており、同連盟の塚本侑希・事務局次長は「ボランティア文化が社会に広がっていると実感している」と話す。

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