足利事件のDNA再鑑定報道からわずか12日後に死刑執行…新鑑定で「DNA型と一致しない」、30年越しの検証の驚きの結果《飯塚事件》

NHK「未解決事件 File.19 北関東連続幼女誘拐・殺人事件」が大きな反響を呼んでいる。9月23日の放送後、SNSなどで話題となり、10月1日の再放送にも注目が集まった。
番組が追ったのは、1979年から1996年にかけて栃木、群馬で相次いだ幼女誘拐・殺人事件だ。その一つが「足利事件」。1990年、4歳の女の子が殺害され、菅家利和さんが逮捕された。決め手の一つが、当時導入されたDNA型鑑定「MCT118法」だった。
今回の取材班には、足利事件を長年追ってきたジャーナリストの清水潔氏も加わった。番組は、このDNA型鑑定の開発と導入の経緯をアメリカまで取材。当時の警察庁幹部からは、導入時にはまだ「ガイドラインもなかった」という証言まで出てくる。
DNAの再鑑定が行われないまま久間氏の死刑が執行
足利事件では後の再鑑定で、菅家さんと犯人のDNA型が一致しないことが判明。菅家さんは再審無罪となった。
ところが、このMCT118法が使われたのは足利事件だけではなかった。私はここからドキドキしながら見ていた。
「あの事件にも触れるのか?」
飯塚事件である。
1992年、福岡県飯塚市で小学1年生の女児2人が行方不明になり、翌日、遺体で発見された。逮捕された久間三千年氏は一貫して無実を訴えたが、死刑が確定。2008年10月28日に執行された。飯塚事件でも、足利事件と同じMCT118法によるDNA型鑑定が行われていた。そして番組は、やはり飯塚事件へと進んだ。
足利事件では、その後のDNA再鑑定が再審無罪につながったが、飯塚事件では、DNAの再鑑定が行われないまま久間氏の死刑が執行された。
ここで、どうしても気になる時間軸がある。
2008年10月16日 足利事件「DNA再鑑定へ」と報道
2008年10月28日 飯塚事件・久間氏の死刑執行
2009年4月 足利事件の再鑑定で「DNA型一致せず」
足利事件でDNAをもう一度調べる動きが表面化してから、わずか12日後に久間氏の死刑は執行されたのだ。そして約半年後、再鑑定で菅家さんと犯人のDNA型は「一致しない」と判明する。もちろん、この二つに関係があったのかはわからない。それでも、わずか12日後という時間軸はどうにも引っかかる。
実は、飯塚事件を以前から追っていたのが地元紙の西日本新聞だった。西日本新聞は2018年、自分たちの報道も含めて事件をもう一度調べる「検証 飯塚事件」を始めた。翌年まで全83回に及んだ。
女児由来の血痕から久間氏のDNA型は「不検出」
この西日本新聞の検証取材は、のちに別のNHK番組にもつながっていく。2022年、NHK BS1で飯塚事件を追ったドキュメンタリーが放送された。これを再編集したのが、2024年公開の映画『正義の行方』である。
この作品を手がけた木寺一孝氏は、当時NHKのディレクターで、2012年から飯塚事件を追っていた。なかなか番組企画が通らないなか、「打開のきっかけ」になったというのが、西日本新聞の検証取材だった。
映画が興味深いのは、警察だけではなく、事件を報じた新聞記者にもカメラを向けていることだ。事件当時、警察から得たDNA鑑定の情報をもとに「重要参考人浮かぶ」と報じた西日本新聞の記者は、今の自分だったらあの記事を止めていた、と吐露する。
私は『正義の行方』のパンフレットに寄稿依頼されたので、国会図書館へ行って、西日本新聞の83回すべてを読んだ。今回、NHK「未解決事件」を見たあと、もう一度読み返した。するとどうだろう。今回の番組で浮かび上がった疑問の「前史」が、そこにはすでに書かれていたのだ。
たとえば2018年6月23日の西日本新聞。
見出しは「『先生の鑑定 出ると困る』」。
何の話か。飯塚事件では、科警研のDNA鑑定で、久間氏と同じDNA型が検出されたとされた。ところが実は、福岡地検は別の専門家にも鑑定を依頼していた。帝京大学の石山昱夫教授(当時)である。こちらでは、女児由来の血痕から久間氏のDNA型は「不検出」だった。
そして、ここからである。
石山教授は、当時、ある警察幹部が自分のもとを訪ねてきたと証言している。そのとき、こんな趣旨のことを言われたという。
「私たちは犯人だと思っているので、先生の鑑定が出てくると非常に困る。妥協してほしい」
さらに、
「科学の話をしにきたのではない」
ではその警察幹部とは誰だったのか。2日後の記事でその名前が出てくる。
当時の警察庁刑事局長、国松孝次氏である。
国松氏は「圧力」を否定する一方、「ひょっとしたら飯塚事件について妥協してくれと言っているように受け取られたかもしれない」とも語っている。そして今回、NHKの番組には国松氏がまた登場していた。MCT118法の導入当時について「ガイドラインもなかった」と語った人物である。2018年の西日本新聞と、2026年のNHKがここでつながった。
「犯人と久間氏のDNA型は実際には一致していなかった」
もう一つ、つながったものがある。DNA型鑑定の写真の元ネガだ。死刑執行後に弁護側に開示された元ネガには、裁判の証拠写真では示されていなかった範囲まで写っていた。だから今回NHKで、そのネガが画面に出てきたとき、「あ、これだ」と思った。
しかも今回、その先まで進んだ。
弁護団は、残されたネガの画像の検証を、法医学が専門の筑波大学・本田克也名誉教授に依頼した。本田氏は足利事件のDNA再鑑定にも携わった人物である。本田氏が注目したのは、ネガの端に残っていた「DNA型のような複数の黒い影」だった。その形状や位置などを分析した結果、犯人のDNA型とは一致する一方、久間氏の型とは明らかに異なるとして、犯人と久間氏のDNA型は実際には一致していなかったと結論づけた。
ならば、今の技術でもう一度DNA鑑定をすればいいのではないか。足利事件ではそれができた。残されていた試料を再鑑定した結果、菅家さんと犯人のDNA型が一致しないことが判明し、再審無罪につながった。
実は久間氏も、生前にDNA型の再鑑定を求めていた。ところが科警研は「現場試料は使い切っている」とし、再鑑定は実施されなかった。つまり飯塚事件では、現在の技術でもう一度調べようとしても、その元になる試料が残っていないのだ。
しかも、残っていないのは試料だけではなかった。2018年11月21日の西日本新聞によれば、弁護団が当時の鑑定を確かめるため、実験ノートや写真、データなどを求めたところ、一部を除いて「不存在」とされた。実験写真やネガも「技官個人の確認用」とされ、廃棄したと思われるという。西日本新聞は「鑑定記録や写真は私物か」と見出しをつけた。
DNAをもう一度調べようにも、元の試料がない。当時の鑑定がどう行われたのかを検証しようとしても、実験ノートや写真、データなどの多くが残っていない。
そして、これはDNAだけの話ではない。久間氏の死刑執行後、遺族らは2度の再審請求をしている。
第1次再審請求では、DNA型鑑定の信用性が争われた。福岡地裁はDNA以外の証拠からも久間氏を犯人と認められるとして、再審を認めなかった。高裁、最高裁でも結論は変わらなかった。
では、その「ほかの証拠」はどうなのか。第2次再審請求では、女児2人を最後に見たとされる女性が「記憶と異なる調書を作成された」と証言した。弁護側が事件直後の捜査報告書を求めると、検察側は調査の結果、該当するものはないと説明した。
DNAを検証したい。しかし、元の試料はない。目撃証言を検証したい。しかし、事件直後の捜査報告書もないという。第2次再審請求は福岡地裁、福岡高裁とも退け、現在は最高裁に特別抗告している。
「新証拠」として3回目の再審請求を行うことが明らかに
その最中に、今回のNHKで新たなDNA検証が紹介された。
そして9月24日、弁護団が、この新たな鑑定結果を「新証拠」として3回目の再審請求を行うことが明らかになった。
飯塚事件の記事を読み続けていると、問われているのは個々の証拠だけではないと思えてくる。
取り返しのつかない死刑を執行したあとに重大な疑問が出てきたとき、本当に検証し尽くせる仕組みになっているのか。
そのためにも、必要な証拠が開示されることは重要だ。再審での証拠開示は、制度見直しの大きな論点にもなっている。
西日本新聞は、自分たちがかつて書いた記事をもう一度検証した。『正義の行方』は、その検証する人々を記録した。そして今回、清水潔氏とNHK取材班は、30年以上前のDNA型鑑定をもう一度検証した。
検証する人はいる。では、検証できる仕組みはあるのか。
私は『正義の行方』のパンフレットにこう書いた。「今も検証取材は『継続』している。終わっていないからである」。
あれから2年。本当に、終わっていなかった。
(プチ鹿島)

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