高市首相の気持ちは痛いほどわかる。簗和生農水相の件だ。
これだけ過去の発言が次々と出てきているのに、なぜ更迭しないのか。そんな声もある。
しかし、考えてみてほしい。今回の問題はそもそも週刊誌報道が口火を切った。週刊文春電子版などが簗氏の「予算カット」発言を報じた。
予算を動かして政治的報復をしたのか
あれだけ国会で週刊誌嫌いを体現してきた高市首相である。ここで簗氏を更迭したら、週刊誌報道の威力を「認めた」ことになってしまうではないか。こんな屈辱はない。簗氏には何とか踏みとどまってもらうしかない。だから「仕事で返せ」と励ましているのではないか?
ところが、そうしているうちに新聞が独自取材を始めた。週刊誌が発言を掘り起こし、新聞が数字を調べ、現場に足を運ぶ。
「週刊誌なんて!」
「オールドメディア!」
そんな言葉はSNSでは便利な「御守り」になるのかもしれない。しかし、御守りを握りしめている間にも、事実はどんどんお披露目されてしまう。
ここ1週間ほどの新聞報道を見てみよう。まず10月5日の毎日新聞。
簗氏は今年5月、地元の自民党会合で、自分を選挙で応援しなかった首長の自治体について、道路予算を大幅にカットしたと発言していた。
では逆に、簗氏を応援した首長の自治体ではどうだったのか。毎日新聞が調べると、道路関係の交付金は那須塩原市で11%、那須町で34%増えていたという。実に新聞記者らしい発想と調査だ。
続いて10月8日の朝日新聞。簗氏が今年2月、道路予算の配分を決める「箇所付け」の時期に、国交省幹部へ那須烏山市と那珂川町の予算について問い合わせていたと報じた。
さらに9日の朝日は、簗氏が2024年12月に地元で「予算の箇所付けを国土交通省にやらせます」「簗和生がいなくなると大変なことになるよと。そう思ってもらわなければいけない」と語っていた音声を発掘した。なんだ、そんな前から言ってたのか。
つまり、実際に予算を動かして政治的報復をしたのか。それとも、政治的報復をしたかのように支持者に盛って誇示していたのか。どちらに転んでも、説明が必要なのである。
10月8日の読売新聞社説は「簗農相発言 利益誘導の体質が垣間見えた」。
政治家が地元に道路やダムを造る予算を持ってきたとアピールする。そうして支持を集める政治は、自民党が長年続けてきたものでもある。読売社説もこの歴史に触れ、簗氏の発言を、支持しなかった住民への「恫喝に等しい」と批判していた。
簗発言をきっかけに見えてきた役所の対応
確かに、簗氏のおかげで、いろんなものが見えてくるのが今回なのだ。
たとえば沖縄のことも思い出す。沖縄では歴代県政を通じて、米軍基地問題と振興予算の関係について「アメとムチ」という言葉が普通に使われてきた。基地問題で政府と対立すれば予算を減らされ、協調すれば増やしてもらえるのか。実際、先日の知事選で自民党が支援した古謝玄太氏が当選すると、振興予算の増額が報じられた。国の予算とは、政府を応援した地域へのご褒美なのか。反対した地域への罰なのか。
10月7日の毎日新聞社説は、簗氏の発言を「税金を私物化する脅しだ」と批判し、こうした疑念が顕著なのが沖縄だと指摘した。前日の沖縄タイムス社説も、予算を人質に自治体や住民を動かそうとする手法は「自民党の体質なのか」と問いかけている。
簗発言をきっかけに、さらに見えてきたのは役所の対応だ。簗氏からの予算に関する問い合わせは国交省幹部の間で報告されていたのに、記録は作成されていなかったという(10月10日・朝日新聞)。
理由は「軽微」な問い合わせだったから。果たしてそうだったのか。公文書管理に詳しい情報公開クリアリングハウスの三木由希子理事長は「問題がなかったという説明を裏付けるためにも記録は必要だった」と指摘する。
記録がなければ、不当な働きかけがあったかどうかも、問題がなかったことも検証できない。簗氏のおかげで、検証すべき対象がまた一つ増えたのである。
そして、高市人事の「理由」も気になる。
簗氏は今年2月の衆院選で小選挙区に敗れ、比例復活した。旧安倍派の政治資金問題では1746万円の不記載があり、役職停止6カ月の処分を受けた。一方で、自民党農林部会長などの経験もある。首相は何を評価したのだろうか。旧安倍派の復権を進め、来年の総裁選に向けて取り込む布石のようにも見える。
ところが、同じ旧安倍派の有力者である萩生田光一幹事長代行が、簗氏の発言について、そうした意識で職務にあたっていたなら「それはおごりであって、決して許されるものではない」と苦言を呈した。権力の使い方を間違えてはいけない、というのである。ちなみに萩生田氏の不記載額は2728万円である。
高市首相は「私の大事なやなちゃん」と紹介
ここで10月9日の読売新聞の記事が面白い。高市首相は今年2月の衆院選で簗氏を応援した際、「私の大事なやなちゃん」と紹介していたという。首相にとっては大切な存在だったようだ。
こうなると、簗氏にもう少し農水相を続けていただきたい気持ちにもなってくる。週刊誌が掘り起こし、新聞が検証する。その結果、予算配分の仕組みや自民党の政治体質、役所の対応、そして高市首相が自ら選んだ人事の中身まで、次々と見えてくるのだから。
冒頭で「高市首相の気持ちは痛いほどわかる」と書いたが、最後に新しい発見を一つ。
首相は「選挙に強い人」を閣僚に選んだと言ったので、「それならなぜ簗氏?」とツッコミを受けている。
しかし、該当の記者会見について、首相官邸の書き起こしを読むと、高市首相は人事方針をこう説明していた。
「大変厳しかった一昨年の衆議院選挙でも、しっかり議席を獲得するなど、選挙に強く、毎週のように選挙区に戻るのではなく、『腰を据えて政策を着実に検討・実行していただける』と思える方を閣僚として選びました」
アッと思った。注意して読んでほしい。首相は「一昨年の衆議院選挙」と言っている。
2024年の衆院選で、簗氏は小選挙区で当選している。ところが、自民党に追い風が吹いた今年2月の衆院選では小選挙区で敗れ、比例復活だった。
ひょっとして首相は、この人事方針を語ったときから、やなちゃんのことを念頭に置いていたのだろうか。
ああ、やなちゃん。
しかも「毎週のように選挙区に戻るのではなく、腰を据えて政策を着実に検討・実行」という部分も、地元での予算配分をめぐる発言が次々と発掘されている今、なかなか味わい深い。首相の説明を読み返すほど、なぜ簗氏だったのか、ますます気になってくる。
やなちゃん、辞めないで!
(プチ鹿島)