7月28日、熊本地震で自宅が全壊した氷川町の男性(72)は、報道機関の取材を受けた。被災の実態を知ってもらいたいと考えたためだ。 ところが後日、信じられない写真を目にする。自宅の前で「自分」がにっこりと笑い、ピースサインをしているのだ。 「こんな写真、撮っていない」 この写真は、報道機関が配信した男性の写真を、第三者がAIで加工した画像だとみられている。 自宅が全壊しているのに笑顔でピースサイン。普通に考えればありえないのに、「真実」のように見える画像は、男性を中傷するコメントとともに、SNS上に投稿されていた。被災で疲弊した男性の心に、追い打ちをかけるような出来事と言える。 AIを使えば、誰もが手軽に画像を生成することができ、偽画像や誤情報が拡散される被害も増えている。被害に遭ったら、一体どうすればいいのか。(共同通信=小林ひな乃)
▽「支援につながる」と考え、応じた取材 7月28日、氷川町は震度7を観測。全壊した男性の自宅は木造2階建てだった。 毎日新聞の記者から取材を受け、閉じ込められた弟を救出した経験を語った。隣人らと4時間かけて救出したという。取材に応じたのは、被災状況を伝えることが熊本県への支援につながると考えたからだ。
全壊した自宅を見つめる熊本県氷川町の男性=26年8月5日午後
翌29日、毎日新聞はニュースサイト上に記事と写真を掲載。その後、X(旧ツイッター)などで男性が自宅前でピースした画像が出回った。 男性はスマートフォンを持っていない。このため、当初は画像の存在に気付いていなかった。しかし8月に入り、拡散を心配した家族や知人からの連絡で知らされる。画像を知人のスマホで見せられ、怒りでスマホを持つ手が震えた。
▽「まさかこんな形で跳ね返ってくるなんて」 今回の地震では、近くの住民2人が亡くなった。男性も連日の猛暑に加え、停電や断水の被害にも見舞われる中、地震発生から2週間以上、車中泊生活を続けた。 画像は、そんな時に投稿されていた。苦しむ被災者をあざわらうような行為と言える。 被災地では、全壊の自宅をスマホで撮影されたり、深夜に不審な車が停車したりすることが増えた気がしている。 男性の憤りはおさまらない。 「心の傷を逆なでするような行為で、被災者や地元への侮辱だ」 そしてこうも思った。 「誰が、どうしてこんなことをしたのか」 男性と家族は警察に相談。8月18日付で被害届が受理された。警察によると、不特定多数の人が見られるSNS上に投稿し男性の名誉を傷つけたとして、名誉毀損罪に該当する可能性がある。 「自分ぐらいの年になると、まさか加工していると思わない。それが怖い。(偽画像を)本物と思ってしまう人もいるだろう。他の人には同じ思いをしてほしくない」
被災者が被害を受けたAI偽画像のイメージ
地震から2カ月以上たった今は、自宅近くに建てたドーム状の簡易住宅「インスタントハウス」で娘と生活している。仮設住宅への入居は叶わず、公費解体もいつになるか分からない。少しでも前を向こうと、娘が探した業者に自費で依頼。9月30日から自宅の解体が始まった。 「生まれる前からあった家で引きずる気持ちもあるが、解体作業を早く始めた方が、すっきりして次に進める。壊れた家をずっと取っておいてもしょうがない」
▽法的措置も視野 毎日新聞社は今回の件について、こうコメントした。 「毎日新聞デジタルに掲載された写真を改変したものである可能性が極めて高いことを確認した。当社の著作権を侵害する行為である上、被災者の尊厳を傷つけるものだ。極めて遺憾で、当社は、今回のケースに限らず、著作権を侵害する行為や、個人の尊厳を傷つける行為に対しては、法的措置も含め、厳正に対処していく」
▽災害時に相次ぐAI偽画像の拡散 災害が起きた際、偽画像が拡散される事例は近年、相次いでいる。 2022年には、台風15号による被害で静岡県内の街が水没しているように見える偽画像が拡散された。 今年1月に山陰地方で最大震度5弱を観測した地震では、鳥取県の砂丘が地割れしたなどとする偽画像が出回った。
男性の暮らすドーム状の簡易住宅「インスタントハウス」=26年10月2日午後、熊本県氷川町
鳥取県は24年11月、インターネット上の誤情報を平時から監視する「フェイク情報対応実証チーム」を発足。県民に悪影響を及ぼしかねない偽情報を見つけると、必要に応じて関係機関への聞き取りや現地訪問し、確認した情報を発信する。災害時などは「警戒フェーズ」に引き上げて職員を増員し、監視頻度を上げるなどして対応を強化しているという。
▽急がれる対策 それでも、対策は簡単ではない。インターネット上の法律問題に詳しい岡村久道弁護士は、AI技術の急速な発展により、SNS上に投稿された画像や映像の真偽を見分けづらい状況にあると指摘する。 今回のAIフェイク画像についてはこう述べた。 「被害者の権利侵害が非常に大きく、世間に広く誤解を与える事例だ。AIによる偽画像についての相談は増えており、対策が求められる」
▽もし、被害に遭ったら もし男性と同じような被害に遭った場合、どうすればよいのか。 SNS上の問題に詳しい清水陽平弁護士によると、一般的に次のような流れが考えられる。 ①インターネット・ホットラインセンターや法務局などの公的機関や弁護士に相談 ②投稿の削除申請や裁判所に発信者情報開示請求をし、発信者を特定する ③発信者の特定後は、警察に相談するほか、刑事、民事上の責任を追及する ただこの方法は、被害者に一定の負担がかかる。
自費で解体を始めた自宅=26年10月2日午後、熊本県氷川町
「SNSプラットフォーム事業者へ投稿の削除申請をするのが一番簡単な方法だが、あまり応じてもらえない。投稿主を特定するため、弁護士に相談して裁判所に発信者情報開示請求をする場合、通常は特定できるまで5~7カ月、弁護士費用に50,60万円ほどかかる。発信者の特定後に、警察に相談する流れが一般的だが、発信者が過去に投稿した情報をもとに警察が捜査するケースもある」 清水弁護士によると、SNS上で他者を非難したり、社会的評価を下げたりするような投稿をした場合、名誉棄損罪、侮辱罪や業務妨害罪などが適用され、刑事罰が科される可能性がある。