始まりはストリートビューに映り込んだ除草剤容器 ビッグモーターの「街路樹問題」 木はどうやって枯死させられた?有識者や専門家の答えは

企業のコンプライアンス重視が叫ばれる時代に、耳を疑うような疑惑が世間を騒がせている。ビッグモーターの「街路樹問題」だ。本当に「環境整備」の名目で除草剤を散布し、公共の街路樹を枯死させたのだろうか。 ビッグモーターへの追及はもともと、保険金の不正請求から始まった。しかし枯死して無残に伐採された切り株や、店の前で途切れた並木のインパクトは大きく、一気に注目が集まった。各地で被害が明らかになり、本社や店舗への家宅捜査に発展している。 ところで、除草剤に高さ数メートルもある街路樹を枯らせるだけの力があるのだろうか。除草剤成分や樹木の特性をよく知る2人の専門家は、単にまくだけで枯らせることは難しいと口をそろえる。「ただし…」。両者はそう解説を続け、いくつかの可能性を示してくれた。(共同通信=森清太朗)
浦和美園店前で実況見分を行う捜査員
▽ビッグモーターは会見で近年の除草剤使用を否定した まずはビッグモーターと街路樹を巡る流れを振り返る。 7月25日、ビッグモーターは保険金不正請求問題に関する謝罪会見を開いた。 インターネット上では会見前から、グーグルマップの「ストリートビュー」をさかのぼって調べ、「木が枯れている」と指摘する声が相次いでいた。街路樹付近で店員らしき人物が作業する姿や市販の除草剤とみられるボトルも映り込んでおり、「炎上中」。報道陣からは街路樹に除草剤をまいた疑惑への質問も飛んだ。 兼重宏行社長(当時)は「枯らすようなことは普通やりませんよね、見栄えも悪いですし」と述べ、首をかしげるしぐさをして見せた。 一方で、当時専務だった和泉伸二社長はこんな回答をしている。「甘い認識で雑草に対して除草剤をまいてしまって、それが街路樹などに影響を与えたことはあると思う」。ただ、それは10年ほど前の話とも強調していた。「現時点はそういった指導はしていないし、常識も併せ持っているつもりだ」
ビッグモーター小倉南店前で行われた土壌調査
▽自治体が次々に被害届。背景には「環境整備点検」の圧力が… 自治体の動きは早かった。会見から一夜明けた26日朝、埼玉県が所沢店に聞き取りを申し入れた。店の前にあった低木は消え、土だけになっていたからだ。東京都や神奈川県なども続き、全国の店舗周辺で過去に街路樹が不自然に枯れ、消失していたことが明らかになっていく。 国土交通省も全国の地方整備局に調査を指示し、社会の耳目は一気に「街路樹問題」に集まった。 会見での釈明とは異なる実態に、世間の批判は高まった。するとビッグモーターは会見からわずか3日後、公式サイト上で陳謝。過去に店舗清掃で除草剤を使い「(その)影響により枯れた可能性が高い」と説明した。「環境整備点検」と呼ばれる店舗巡回が背景にあったとみられ、この際に、上層部が現場に環境美化を強く迫っていたとの指摘もある。こうした圧力が、過剰な行為につながったのだろうか。 枯死が確認された土壌から除草剤成分が検出されると、器物損壊の疑いで被害届を出す自治体が続出した。国交省も北陸や中四国などの7県9店舗前に関し、被害届を提出すると発表。損害賠償請求も予定する。 さいたま市も被害届を出した自治体の一つ。浦和美園店では除草剤成分「グリホサート」が検出され、複数のケヤキが枯れた。 安全のため伐採したさいたま市は、2022年6月までの1年間に何者かがまいたとして、県警に被害届を提出。店長は「雑草で見栄えが悪いから使用した」と、下草への月1回程度の散布を認めた。散布の時期は、枯れた時期と重なっている。 他にも、春日店(福岡県春日市)では、近隣の最大556倍に相当する濃度のグリホサートが検出されたというから驚きだ。 ホームセンターなどで手に入る除草剤の中にグリホサートが含まれる製品もある。海外では人体への危険性も指摘された成分だ。一見すると、このグリホサートが直接木を枯らしたように思えるが、実際にはどう影響したのだろうか。
練馬店の家宅捜索に入る捜査員
▽「ドリルで穴をあければ」、「植えられている環境による」 まずは農薬の登録審査を行う農林水産省所管の独立行政法人「農林水産消費安全技術センター」を取材した。農薬検査部の佐々木千潮課長によると、グリホサートを含む除草剤は「茎葉処理型」と呼ばれ、植物の茎や葉に直接かけることで作用するのが特徴。土にまかれたグリホサートは速やかに分解され、植物への効能は薄い。 佐々木さんも「街路樹を枯らす」という農薬試験は聞いたことがないという。その前提で除草剤の影響を聞くと、「木にダメージはあっても、『普通に』まくだけでは枯死しないのでは」と分析してみせた。 では、普通ではないまき方とは何だろうか―。佐々木さんはそんな質問に対して、ドリルで木に穴を空けて原液を流し込む方法を例示。「ここまで意図的に弱らせればあり得るかもしれないが…」 一方、東京農業大の濱野周泰客員教授(造園樹木学)は「グリホサートだけで樹木が枯れるとは思えない」と述べた上で、条件次第で枯れる可能性を示した。道路沿いで根が張りづらく、ストレスがかかる悪環境下であれば「土への散布で枯れる可能性は低くない」と話す。歩道そばの狭い土地に植えられていた各地のケースと条件は合致する。 神奈川県や静岡県などの一部店舗では、「茎葉処理型」のグリホサートと共に、土にまくことで作用する「土壌処理型」の除草剤成分も出ている。濱野さんは「この種類の成分も含むものを原液に近い高濃度でまけば、特に低木ほど枯れる恐れがある」と解説した。
ビッグモーター本社の家宅捜索に向かう捜査員
▽本社を家宅捜索、全国への指示はあったのか 日陰や景観の形成、防火の役割を持つ街路樹は公共物。ビッグモーター幹部は各自治体への謝罪行脚で「本社から散布を指示した記録はない」などと説明したという。ビッグモーターは取材に「社内調査が続いているので、具体的な回答は難しい」などとして、除草剤をまいた詳しい経緯や手法を明らかにしていない。広報担当者は原状回復を優先するとして、調査結果の公表は「検討中」と述べるにとどめた。 警察庁によると、9月26日までに17都県で被害届が出された。各地の警察も実況見分や店舗捜索で散布の実態を調べている。全国で同様の被害が相次いでいることを踏まえれば「会社ぐるみ」に疑いの目が向き、警視庁と神奈川県警が東京都港区にあった本社の捜索に乗り出したのは自然に思える。 ただ、本社への家宅捜索は、樹木の「伐採」という容疑でのもの。川崎店(川崎市)では、本社の「環境整備推進委員」から伐採指示があったことが判明しているが、専門家でも評価が分かれる「除草剤散布」は様相が異なる。 ある警察本部の幹部は散布への捜査について「樹木には個体差がある。除草剤のみが原因と一概には言いにくく、散布の目的などあらゆる側面から調べる必要がある」と話す。 捜査は一筋縄ではいかなそうだ。もし不起訴となれば、枯死した経緯が明らかにならない可能性もある。専門家として長く樹木と向き合ってきた濱野さんは、「捜査で明らかになる前に、ビッグモーターは製品名や散布方法をはっきり説明する社会的責任がある」と何度も強調した。
【動画】ビッグモーター街路樹問題まとめ

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