軍事転用可能な装置を不正輸出したとして外為法違反に問われた化学機械製造会社「大川原化工機(おおかわらかこうき)」(横浜市)の社長らの起訴が取り消された問題で、東京地検が2021年7月、警視庁公安部に起訴取り消しの方針を伝えた際のやり取りを記録した警察の内部文書を毎日新聞が入手した。地検は、公安部が法令解釈を「意図的に、立件方向にねじ曲げた」と裁判官に捉えられるリスクがあると指摘し、公判を維持できないと通告していた。
この問題を巡っては、違法な逮捕・起訴があったとして同社が国家賠償訴訟を東京地裁に起こし、捜査に携わった現職の警視庁警部補が23年6月の証人尋問で、事件を「捏造(ねつぞう)」と証言する極めて異例の事態となっている。文書からは、地検が公安部の捜査を恣意(しい)的と疑って起訴判断を見直したことがうかがえる。
文書はA4判1枚で、21年7月21日に東京地検から公判部副部長と公判担当検事の2人、警視庁公安部から管理官(警視)と警部補の2人が出席した会議の内容が記されている。この警部補は民事訴訟で「捏造」証言をした警部補と同一人物だった。
関係者によると、当時は初公判に向けて検察側と弁護側が争点整理を続けていた。逮捕・起訴の根拠となった経済産業省の省令は、生物化学兵器の開発・製造に使われうる、殺菌能力を備えた噴霧乾燥器の無許可での輸出を禁止している。一方で、殺菌の具体的手法は明記しておらず、殺菌の解釈と、大川原化工機の装置に殺菌能力があるのかが争点となっていた。
公安部は「付属のヒーターで内部を空だきし、細菌を1種類でも死滅できる温度が維持できれば殺菌に該当する」と解釈し、温度実験も踏まえて同社の装置は殺菌能力を有すると判断した。地検も起訴段階ではこの解釈を問題視しなかった。
これに対し、弁護側は「日本が準拠している国際基準の殺菌定義は、薬液を用いて消毒する手法と定められている。公安部は『立件ありき』で、国際的にもまったく認められていない独自の法令解釈を作った」と反論していた。
毎日新聞が入手した文書によると、地検の副部長は、公安部の解釈に従って乳酸菌が死滅するかを実験したが、同社の装置に殺菌能力は認められなかったと述べ、法令解釈について「うがった見方をすると『意図的に、立件方向にねじ曲げた』という解釈を裁判官にされるリスクがある」と指摘。「今後、上級庁に報告する」とも付け加えていた。起訴取り消しは極めて異例の判断で、地検だけでなく、高検、最高検を含め、組織全体で決定したとみられる。
公安部の管理官は「過去の事件を見ても、捜査側からある程度の資料を提供し、それを踏まえて経産省が(解釈の)判断をした事案もある」などと食い下がった。しかし、副部長は、公安部が作成した初期の捜査メモを見ると、経産省内部にも弁護側と同様の法令解釈の見解があったとした。公判担当検事も、仮に公判になって捜査メモが開示されれば「裁判官の心証が悪くなる」と述べた。
公安部は起訴段階では、この捜査メモを検察側に提供していなかったとみられる。地検は会議から9日後に起訴取り消しを東京地裁に申し立て、地裁に認められた。
文書に記載されているやり取りが公安部と地検との間であったのかについて、警視庁は「係争中につき、お答えを差し控える」、地検は「具体的な公判活動に関わる事柄である上、係争中であることから、お答えを差し控える」とコメントした。【遠藤浩二、巽賢司】
大川原化工機の起訴取り消し
経済産業相の許可を得ずに噴霧乾燥器を海外に不正輸出したとして警視庁公安部が2020年、同社の社長、取締役(当時)、顧問(同)の3人を外為法違反容疑で逮捕し、東京地検が起訴した。無実を訴える社長らの勾留は約11カ月に及び、その間に胃がんが見つかった元顧問は被告の立場のまま死亡した。地検は21年7月、起訴内容に疑義が生じたとして、初公判4日前に社長と取締役の起訴取り消しを東京地裁に申し立て、認められた。同社側は国と東京都に計約5億5700万円の損害賠償を求める訴訟を起こしている。