軍事転用可能な装置を不正輸出したとして外為法違反に問われた化学機械製造会社「大川原化工機(おおかわらかこうき)」(横浜市)の社長らの起訴が取り消された問題で、起訴の1週間前に警視庁公安部と東京地検が打ち合わせをした際の記録を毎日新聞が入手した。記録によると、起訴した検事は、公安部に対して捜査不足の可能性を念頭に「起訴できない」「不安になってきた」と疑念を伝えていた。
違法な逮捕・起訴があったとして同社が起こした国家賠償訴訟の証人尋問で、この検事は公安部の捜査に「疑いは持たなかった」と記録と矛盾する証言をしている。同社側は訴訟で「検事が不利な証拠を確認せずに起訴した」と主張しており、検事がこれを否定するため事実と異なる証言をした疑いがある。
同社の社長ら3人は2020年3月11日、噴霧乾燥器を中国に不正輸出したとして逮捕された。記録はA4判2枚の文書で、逮捕から13日後の3月24日、東京地検に相談に来た公安部の捜査員2人に、検事が語った内容が記されている。
事件では、逮捕の根拠となった経済産業省の省令の解釈が問題になっていた。省令は殺菌能力を備えた噴霧乾燥器の無許可輸出を禁止していたが、殺菌の具体的手法が書かれていなかった。公安部は、殺菌を独自に解釈して捜査を進めていたが、大川原側は、公安部の省令解釈は業界の受け止めや国際基準とは異なるとして容疑を否認していた。
記録によると、検事は「解釈自体が、おかしいという前提であれば起訴できない。業界の一般的な捉え方も被疑会社(大川原化工機)よりであれば起訴できない。彼らの言い分も一理あると言うことだと起訴できない。捜査段階では検証していないのか」と述べていた。
さらに輸出規制の所管省庁の経産省が省令をどう解釈しているかについて捜査が足りていない可能性に言及し、「不安になってきた。大丈夫か。私が知らないことがあるのであれば問題だ」と捜査員に伝えていた。公安部側がどう答えたのかは記載がなかった。
関係者によると、記録は、その場にいた公安部の捜査員が内部報告用に作成した。3月24日の打ち合わせで、検事は捜査員から公安部の省令解釈が業界では一般的でないことを初めて知らされ、その際の検事の反応が残されているという。
検事は1週間後の3月31日に社長らを起訴した。しかし、弁護側から「省令の解釈が恣意(しい)的だ」との指摘を受けて地検は補充捜査を実施し、21年7月に起訴取り消しを公表した。
検事は23年7月に国賠訴訟の証人として出廷し、公安部の捜査員から起訴する上でマイナスとなる指摘を受けたかを問われ、「ない」と答えた。さらに「不利な証拠があるかもしれないと疑いを持てば確認するが、疑いは持たなかった」と証言していた。
これに対し、20年3月24日の打ち合わせで検事と実際にやり取りした捜査員の一人は国賠訴訟の証人尋問で、公安部の省令解釈は一般的でないと検事に伝えたとし、記録と一致する証言をしている。
検事は毎日新聞の取材に「対応してはいけないことになっている。地検に取材してください」と述べた。東京地検は「お答えを差し控える」とコメントした。【遠藤浩二、巽賢司】